artscapeレビュー

2012年10月15日号のレビュー/プレビュー

illuminated surface 松本高志×西村郁子

会期:2012/09/11~2012/09/16

GALLERY SUZUKI[京都府]

漆を漉すのに用いる薄い和紙に色鉛筆で彩色したものを何層にも重ねた松本高志の作品と、花を撮影した写真にレースの模様を重ねた西村郁子のシルクスクリーンの作品が展示されていた。本展はお互いに感覚的に近しいものを感じて以来、松本と西村が長年温めていたもので、ようやく実現した二人展なのだと聞いた。どちらの作家の作品にも朧げで繊細な印象があるのだが、個性はそれぞれに立っている。ほかの来場者からは、雰囲気が似すぎているいう感想もあったそうだが、それは息の合ったコンビネーションであるがゆえのことでもある。今展では会場の入口のそばにコラボレーション作品もあったのだが、それだけにかえって余計だったのではと思った。また第二回、第三回と続くと面白そう。

2012/09/14(金)(酒井千穂)

トラック

会期:2012/05/12~2012/09/16

ゲント中心街[ゲント(ベルギー)]

小雨のなか中心街の展示を見る。ビルの空室や廃屋を中心に、広場、教会、路上などさまざまな「隙間」にアートを侵入させている。庭園に長大な本棚を設けて貸し借り交換自由の図書館をつくったマッシモ・バルトリーニ、運河の交わる円形の池の側壁にファヴェーラを張りつけた川俣正、集会場の建物を縮小した家をツリーハウスのように樹上に置いたBenjamin Verdonck、天井の高い元ボクシングジムの室内いっぱいに廃材による巨大なインスタレーションを展示したPeter Buggenhout、廃虚化した貴族の館に住み込み、粘土でこしらえた人物彫刻を家具とともにインスタレーションしたマーク・マンダースなど。やはり映像とか言葉を使ったコンセプチュアルな作品は目立たず、スケールの大きな建築規模の作品や、その場所全体を作品化するようなインスタレーションが印象に残った。なかにはどれが作品なのかわからなかったり、すでに破壊された作品もあり(Ahmet Ogutのバルーンの作品は3回狙撃されて展示不可能となった)、それらを探しまわる苦労も含めて楽しむことができた。やっぱり街にアートを出すなら、反対でもいいから住人のリアクションがあったほうがいい。リアクションがあれば議論が始まり、反対した人たちも賛成に回る可能性があるからだ。いちばん困るのは無視されること。だから知らんぷりしたり無関心を装ったりする人が多い日本では、こういう野外展はとてもやりにくいと思う。


Benjamin Verdonck, Vogelenzangpark 17bis

2012/09/14(金)(村田真)

中島麦「wandering──色・時・旅、記憶の記録」

会期:2012/09/01~2012/09/23

奈義町現代美術館[岡山県]

旅の記憶や日常的な風景などをモチーフに絵画作品を発表している中島麦が奈義町現代美術館で個展を開催していた。私は、館の喫茶スペースで行なわれる「アーティストカフェ」(アーティストトーク)の開催日に訪れることができた。中島が日常で感じていること、作家としてのスタンス、コレクションしているものなど、見る側にとってはたいへん興味深いアーティストの日頃の生活が和気あいあいとした雰囲気のなかで語られ、その場にいた参加者たちがみな楽しそうな表情だったのが印象に残る。展覧会は、こんなにも!?というほどの展示ヴォリュームもさることながら、改めてその作品群の色彩の美しさに目を奪われるような内容。中島麦の制作の歴史をたどるものでもあり、これまでの表現の変遷もうかがえて、壮観な眺めの「風景」と一人の作家の「旅」が広がる素晴らしい展覧会だった。ちなみにこの日、全国の美術館の「ギャラリートーク」を記録、公開するCURATORS TVというサイトを運営している方と出会った。学芸員によるギャラリートークやアーティストトークは、さまざまな展覧会で開催されているが、それに参加できるチャンスは少ないものだ。こんなサイトがあるとはとても嬉しい。

2012/09/15(土)(酒井千穂)

ファン・エイク兄弟《神秘の子羊》

シント・バーフ大聖堂[ゲント(ベルギー)]

ゲントに来た目的は「トラック」が半分、もう半分はファン・エイクをはじめとする初期フランドル絵画を見るためだったりして。じつは一昨日も《神秘の子羊》と呼ばれる祭壇画が展示されているこの大聖堂を訪れたのだが、そのときは部分的に修復が始まっていて非公開、今日から再び公開されることになっていたのだ。よかったー3日間の滞在にして。この祭壇画、15世紀に兄のフーベルト・ファン・エイクが描き始め、兄の死後、弟ヤンが引き継いで完成させた幅5メートルを超す大作。トリプティクといって中央部と左右両翼の3枚が蝶番でつながり、各部分がさらに複数のパネルで構成され、表裏合わせて計24の画面から成り立っている。現在修復しているのは両翼の左右端にあるアダムとイヴの像と裏面で、ここには白黒の写真が貼りつけられていた。じつはこの絵を見るのはもう3回目なので新鮮味はないが、それでも髪の毛1本1本、木の葉の1枚1枚まで描き尽くそうとする観察力と描写力と忍耐力にはあらためて舌を巻く。最初に見たときには、油彩技法が開発されて間もない時期にこれほど完璧な油絵を描けたということが信じられなかったが、しかしひとたび油彩が事物のリアルな質感描写に最適だとわかれば、極限まで試してみたくなるのが人間というもの。おそらくファン・エイクは恐ろしいほど細部まで描けることに喜びを感じ、寝食を忘れてのめり込んだに違いない。つまり開発まもないからこそ究極まで突っ走ることができたのではないか。だから時代がたつにつれ、画家たちの関心は細部の再現性よりブラッシュストロークの表現性に移っていったのだ。


シント・バーフ大聖堂の前に立つファン・エイク兄弟像

2012/09/15(土)(村田真)

ヤン・ファン・エイク《ファン・デル・パーレの聖母子》

グルーニング美術館[ブルージュ(ベルギー)]

午後から電車で30分ほどのブルージュへ。以前訪れたときより駅周辺は整備され、旧市街もチョコレートやレースなどの土産物屋ばかりが目につくようになったが、そんなの関係ねえ。ここへ来た目的はただひとつ、ファン・エイクの《ファン・デル・パーレの聖母子》を見ること。前回はグルーニング美術館が改修工事中で《ファン・デル・パーレ》はメムリンク美術館に仮展示されていたが、今回は新しい美術館のなかでのご対面となる。この絵は聖母子を中心に、左右にこの絵の依頼者ファン・デル・パーレや聖人たちを描いた幅170センチを超す油彩画の大作。これも細部の描写が見事で、右側の聖ゲオルギウスの甲冑や、左側の聖ドナトゥスの衣装の金の刺繍、床に敷かれた幾何学模様の絨毯、背景の円形のパターンのガラス窓など、あらゆる材質の質感が完璧に描き分けられている。これが油彩画の最初にして最高の到達点であることは間違いない。この美術館は小規模ながらもファン・エイクのほか、ファン・デル・ウェイデン、ハンス・メムリンク、ヒエロニムス・ボスらオールドマスターズを中心に、世紀末芸術や現代美術までひととおりそろっていた。

2012/09/15(土)(村田真)

2012年10月15日号の
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