artscapeレビュー

2011年07月15日号のレビュー/プレビュー

劉敏史「-270.42℃, My Cold Field」

会期:2011/05/28~2011/06/25

AKAAKA Gallery[東京都]

劉敏史(You Minsa)は、2005年にビジュアルアーツフォトアワードを受賞した作品を、翌06年に写真集『果実』(ビジュアルアーツ)として刊行した。エチオピア南部のハマルの人々を撮影した端正なポートレートは、彼の高度な思考力と美意識をよく示す作品だったと思う。ただ、あまりにも隙なく完成され過ぎていて、このままだと袋小路に突き当たるのではないかという危惧もまた感じていた。今回AKAAKA Galleryで展示された新作「-270.42℃, My Cold Field」を見ると、彼が新たな領域に進むことでその危機をうまく脱したことがわかる。以前の作品を知るものにとっては、意外な選択に見えるかもしれないが、これはこれで常に絶対的な他者、あるいは外部の世界に向き合おうとする劉の志向性がよくあらわれた作品といえるのではないだろうか。
テーマになっているのは、つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)の施設の内部。素粒子物理学の最先端の施設で、僕はこの方面はまったく門外漢なので正直よくわからないのだが、宇宙創成のビッグ・バンの時に生成された「反物質」を人工的につくり出すという研究を進めているらしい。金属製の機器に無数のコードの束が複雑に絡みあっているさまは、あたかも人間の血管や神経組織の解剖図を見るような生々しさを感じる。産業用ロボットが意識を持つようになり、他の機械類と結合して増殖していく楳図かずおの傑作『わたしは真悟』(1982~86)を思い出したのだが、サイエンスの最先端とアニミズム的な空間はどこかでつながっているのかもしれない。最初は4×5の大判フィルムで撮影していたのだが、それでもまだ情報量が足りないので中判カメラ用のフェーズワンのデジタルバックに変えたのだという。輪郭線がキリキリと立ち上がってくるようなメタリックな色味のプリントも、よくコントロールされていて、見事な出来栄えだ。

2011/06/17(金)(飯沢耕太郎)

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展

会期:2011/06/08~2011/09/05

国立新美術館[東京都]

ロシアを含めた欧州の美術館が軒並み作品の貸し出しを渋るなか、印象派コレクションをポンと貸し出すとは、さすがアメリカは太っ腹。ま、それだけ放射能に関して正確な情報をつかんでるんでしょうね、日本以上に。そっちのほうがコワイな。で、やってきたのはコローからロートレックまで計83点。バルビゾン派やブーダンののどかな風景画に続き、マネの《オペラ座の仮面舞踏会》で目が洗われる。小品だが、近代的都市生活を描いた主題といい、黒を基調とした色彩といい、白い床と柱で画面を枠どる構図といい、まさにモダン絵画。さらに《鉄道》《プラム酒》と続き、ここが最初のピーク。だとすれば、中盤のピークはやはりモネ。なかでも《日傘の女性、モネ夫人と息子》は本当に輝くような明るさだ。版画や水彩をはさんで、終盤はセザンヌ、スーラ、ゴッホらが目白押しだが、1点あげるとすればセザンヌの《赤いチョッキの少年》。いつまで見ていても見飽きることがない。ほかにもバジールやカイユボットらあまり紹介される機会の少ない画家や、メアリー・カサット、ベルト・モリゾら女性画家も何点かずつ出ていて満足度は高い。試みに、1999年に開かれた「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」のカタログを引っぱり出してみると、印象派を中心に出品数も85点とほぼ同じで、ざっと数えてみたら20点以上が重なっていた。99年のほうは版画や水彩がないかわりに、ティツィアーノやフェルメールなどの古典絵画と、マティス、ピカソら20世紀絵画が含まれていて、今回よりお得感があるなあ。

2011/06/17(金)(村田真)

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木版画コンテンポラリー

会期:2011/06/07~2011/06/19

ギャラリーモーニング[京都府]

石川丘子、グドラ・ペータース、田村洋子、本田このみ、三上景子ら5名による版画のグループ展。石川丘子は最近知ったばかりの作家なのだが、水彩木版の色彩と紙の風合い、描かれた川や山の風景の輪郭が曖昧に溶け合うような作風が美しく印象に残る。どこか懐かしさを感じさせる日常的なモチーフや色に作家のマニアックな趣向もうかがえる本田このみの《絶滅危惧物》というシリーズもユニーク。色の重なり、削られた線からうかがえる彫刻刀のリズムやピッチ、予期せぬシミなど、版画のさまざまな要素や一枚ごとに表われるそれぞれの表情は見比べるのも面白い。版画の展覧会はこうして長居をしてしまう。

2011/06/17(金)(酒井千穂)

BankART AIR Program 2011 OPEN STUDIO

会期:2011/06/17~2011/06/26

BankART Studio NYK[神奈川県]

横浜のBankARTのアーティスト・イン・レジデンスのプログラムはかなり面白い。黙々とレース編みを続けているアーティスト(樋口昌美《ド イリ ー》)がいたり、漫画雑誌を「苗床」にしてカイワレ大根を育てていたり(河地貢士《まんが農業》)、ユニークな作品を楽しむことができる。この玉石混淆の雰囲気が、会場に活気をもたらしているように感じるし、50人(組)弱のアーティスト同士もいろいろ刺激を受けるのではないだろうか。
その会場の一角に、BankART Schoolの飯沢ゼミの有志が、「いまゆら(イマ・ユラギ・ツナイデ)」というスペースで参加している。毎週「ポートフォリオを作る」という授業を続けている最中に、「3・11」の大震災が起こったことは、彼らにとっても講師をつとめていた僕にとっても大きな出来事だった。だが、そのことが「反転した日常を写真とポートフォリオで検証する」というテーマの設定につながり、皆の力を集めてクオリティの高い展示を実現することができた。リーダーの若林ちひろさんをはじめとする13人の参加者にとっては得がたい経験だったのではないだろうか。6月18日には震災直後に宮城県太平洋沿岸に入って写真を撮影し、いち早く『hope/TOHOKU』というフォト・ブックをまとめた菱田雄介を迎えて、トークイベントが開催された。これから先、多くの写真家たちが復興の過程を長期戦で粘り強く記録していくと思うが、菱田の仕事はまさにそのスタートラインといえるだろう。
なお、『hope/TOHOKU』は僕の文章とあわせて再編集し、8月に『アフターマス 震災後の写真』(NTT出版)というタイトルで刊行する予定だ。いまその編集作業を進めているのだが、そこでは震災によって見えてきた写真を撮り続けることの意味を、あらためて問い直していきたい。

2011/06/18(土)(飯沢耕太郎)

JCDデザインアワード2011

会期:2011/06/18

東京デザインセンター[東京都]

近年は建築系の健闘で知られるインテリアデザインのアワードにて、飯島直樹、小坂竜、近藤康夫、皆川明、中村拓志、韓亜由美らとともに、公開の最終審査に参加した。全体の傾向としては、その場でしか経験できない現象をもたらす空間のデザインが上位に残っている。大賞に選ばれた吉村靖孝による補色の効果を演出したインテリア、あるいは推したものの2位にとどまった増田信吾・大坪克亘の風で揺れる塔なども、そうした作品だった。

2011/06/18(土)(五十嵐太郎)

2011年07月15日号の
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