artscapeレビュー

2010年05月15日号のレビュー/プレビュー

花田佳明『植田実の編集現場』

発行所:ラトルズ

発行日:2005年5月1日

建築メディアはウェブも含めて変動の時期にあるが、メディアと編集環境の変化を具体的に考えることは意義深いと考えられる。先日、岡田哲史氏のコーディネートによる千葉大学建築レクチュアシリーズというシンポジウムにて、植田実氏と話す機会があり、本書を手にとった。編集者植田実の活動を年譜的に、また多方面から非常に丁寧に追った本。植田実の評伝である。著者は、神戸芸術工科大学の花田佳明。植田の二つの大きな仕事といえば、『都市住宅』と「住まい学体系」シリーズがあげられるが、本書は植田の生まれから、書き手としての活動、批評と夢の往復運動がその根本にあるという花田による植田論まで、とても重厚な語り口で植田実の全貌が語られる。磯崎新や原広司の若手時代も知ることができる。おそらく、ひとりの建築の編集者についての評伝としては唯一であろう。特に、最後に日本の建築ジャーナリズム史におけるさまざまな編集者と植田実の位置づけについて語られるが、興味深いのは、その中で植田は『国際建築』の編集長をつとめるなど、建築ジャーナリズムの草分けと言え、職人的な立場を取る小山正和に近いかもしれないと書かれている点である。上記のシンポジウムの場で、筆者は直接植田から、編集者としての小山への共感を聞いた。必要のないものを切り落としていく編集をする点で、植田の編集はモダニズム的であるかもしれない。花田の言葉によれば「批評」的な部分だと言えよう。一方、書き手としての植田には「夢」的な部分もある。それこそが、モダニズム的な切り捨てを乗り越える部分であり、彼方にある世界を編集する原動力となっているといえるのではないか。その二面性こそが、植田が編集者であると同時に、編集者を超える所以である。

2010/04/21(水)(松田達)

大和田良「Log」

会期:2010/04/22~2010/04/28

キヤノンギャラリー銀座[東京都]

大和田良は1978年仙台生まれ。2004年に東京工芸大学大学院を修了して、フリーの写真家として活動しはじめた。このところ急速に力を付けつつある30歳前後の写真家たちの代表格ともいえるだろう。2006年にスイス・ローザンヌのエリゼ美術館で開催された「ReGeneration: 50 Photographers of Tomorrow」展に選出され、2007年には写真集『prism』(青幻舎)を刊行するなど、早くからその仕事が注目されてきた。ただセンスのよさは感じるものの、いまひとつ狙い所がはっきりわからず、評価がむずかしいと感じていた。
だが、今回の個展(大阪、名古屋、福岡、札幌、仙台のキヤノンギャラリーに巡回)を見て、その知性と感性と技術とが絶妙なバランスを保った作品世界は、もっと大きく展開していく可能性を持っているのではないかと思った。ただし、いまのところ彼が中心的なテーマと考えている日々の「観察と記録」を、日誌(Log)のようにまとめていくシリーズは、より注意深く組織化していかないと、とめどなく拡散していく危険を感じる。個々の作品を結びつけていく「美しさ」という基準が、まだひ弱なものに感じられるのだ。それよりはむしろ、今回は展示されていなかったが、もっとコンセプチュアルな志向性の強い「Type」(数字とアルファベット)、「Banknotes」(紙幣)、「Wine Collection」(ワインの色味のコレクション)といった作品群の方に、彼らしい鋭敏な感覚と細やかな手わざの妙がよく発揮されていると思う。これらをさらに深化させていくか、「Log」シリーズとうまく合体させていくことで、新たな方向性を見出すことができるのではないだろうか。

2010/04/22(木)(飯沢耕太郎)

美しき挑発:レンピッカ展

会期:2010/03/06~2010/05/09

Bunkamuraザ・ミュージアム[東京都]

タマラ・ド・レンピッカといえば、1980年ごろパルコ出版から画集が出たのを覚えているが、それ以前もそれ以後もほとんど名前を聞いたことがない。たまたまその当時の「パルコ文化」と方向性が合致したのだろう。たしかに1920年代の彼女の作品を見ると、ファッショナブルなアールデコ様式でいかにも「時代と寝た」先端的な女性画家といった趣があり、それはそれで興味深い反面、あっさり消費されてしまいかねない薄さも感じてしまうのだ。いわば時代のイラストレーションに堕してしまったというか。そこが80年代的であったと、いまいえる。でも30年代以降(それが彼女の人生の大半を占める)の作品を見ると、時代におもねったり取り残されたり自己模倣を繰り返したりして、それが逆に時代とは隔絶したある種の壮絶さを生み出してもいる。2010年のいま彼女に注目するなら、30年代以降の作品だろう。

2010/04/22(木)(村田真)

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原久路「バルテュス絵画への考察II」

会期:2010/04/06~2010/05/22

gallery bauhaus[東京都]

昨年、四谷のトーテムポールフォトギャラリーで開催されて好評を博した原久路の「バルテュス絵画の考察」のシリーズが、装いも新たにgallery bauhausで展示された。点数が9点から22点に増えるとともに、作品のサイズはかなり小さくなっている。gallery bauhausはメインの会場が地下にあって、やや内向きの雰囲気なので、それにあわせて一回り小さくプリントしたということのようだ。また、最終的にはデジタルプリンターで出力しているのだが、特殊なニスを5回も重ね塗りして画像の厚みと黒の締まりを出しているという。そういう丁寧な気配りと、画面を構築していく時の緻密な作業の進め方こそが、原の真骨頂と言えるだろう。
それにしても、バルテュスの代表作を写真に置き換えるという原の試みは、いろいろな問題を明るみに出すものだと思う。写真が19世紀半ばに発明されて以来、絵画と写真とはまったく別々の道を歩んできた。だが、21世紀になってデジタル化の進行ととともに、両者が融合したり合体したりするような可能性も大きく広がりつつある。原の絵画と写真の「ハイブリッド写真」はその答えのひとつであり、何者かに全身全霊で憑依していくような情熱の傾け方において、森村泰昌の一連の「美術史」シリーズとも通じるものがある。バルテュス作品の構図を日本の空間に置き換える時、セーラー服と学生服を選択したというのも興味深い。そのことによって、東西の衣裳文化が融合・合体するとともに、バルテュスの絵の中にある少年や少女イノセンスへの純粋な希求を、巧みに記号化することに成功しているからだ。次はよりデジタル処理を徹底した作品を作っていきたいとのこと。さらなる展開が大いに期待できそうだ。

2010/04/23(金)(飯沢耕太郎)

村林由貴 個展「溢れ出て止まない世界」

会期:2010/04/10~2010/04/25

京都造形芸術大学 GALLERY RAKU[京都府]

京都造形芸術大学、大学院芸術表現専攻に在籍する村林。昨年も同ギャラリーで個展を開催していたのは記憶に新しい。ドローイングの制作過程を公開しながら、その場で制作した作品をインスタレーションしていく展示を行なっており、それは今回も同じなのだが、作品の魅力はぐんとアップしていた。展示された数々の作品からは、村林の制作意欲とその探究心がうかがえるが、なによりそれらからは彼女が意識してきたという「生命力や躍動感」が面白いほどに伝わってくる。特にペインティングが良い。色や筆致の生き生きとした表情は豊かで、じっくりと見ていると、沸き立ってくるような興奮を覚える。制作途中のドローイングもそのままの状態の雑然とした会場だったのだが、彼女の「溢れ出て止まない世界」はじつにみずみずしく目に映って感動。

2010/04/23(金)(酒井千穂)

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