2021年08月01日号
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artscapeレビュー

2010年12月15日号のレビュー/プレビュー

日本前衛アートの記憶たち

会期:2010/11/06~2010/11/13

慶応義塾大学日吉キャンパス来往舎ギャラリー[神奈川県]

副題に「60、70年代東京画廊カタログアーカイブより」とあるように、日本の現代美術を牽引してきた東京画廊の展覧会カタログや資料を集めたもの。杉浦康平デザインの正方形のカタログがなんとも贅沢! しかしなんでタイトルが「前衛美術」ではなく「前衛アート」になってるんだ? 「前衛」という言葉の賞味期限はせいぜい70年代までであって、一方「アート」は80年代以降にハバをきかせてきた言葉。だから「前衛アート」というとなんかちぐはぐな感じがする。この展示は70年代までが中心だから、やはり「前衛美術」とするべきでしょう。

2010/11/11(木)(村田真)

福田尚代

会期:2010/11/01~2010/11/13

ギャラリー福果[東京都]

素材は原稿用紙のみ。そのマス目をカッターで切り抜いて積み重ねれば400個の穴に。それを二つ折りにして立てれば建築模型に。1行分だけ立てればハシゴに見える。福田はこれまで回文とか、言葉や文字を作品化してきた人だが、ここではまったく言葉を使わないのにきわめて「文学的」な作品を展開している。しかし原稿用紙を見るのも久しぶりだなあ。

2010/11/11(木)(村田真)

村上友重「それらすべてを光の粒子と仮定してみる」

会期:2010/10/29~2010/11/25

CASHI[東京都]

タイトルがとてもいい。「それらすべてを光の粒子と仮定してみる」というのは、写真家のものの見方の基本といってよいだろう。そのことで何が見えてくるかといえば、世界は光の粒子の物質的な集合であり、その疎密によって形成された、あらゆる部分が等価な構造体であるということだ。写真家はその流動的な構造体を、予断のない眼差しで切りとっていく。その結果として、写真家本人にもまるで予想がつかなかったようなイメージが立ち現われてくることがある。その驚きを写真家と観客が共有する時にこそ、写真を「見る」ことの歓びがあふれ出してくるのだろう。
村上友重の今回の個展の作品には、そのような歓ばしい、幸福な気分がしっかりと定着されていた。正直、以前の彼女の作品には、ややひ弱で優等生的なそつのなさを感じてしまうことがあった。だが、どうやらスケールの大きな写真作家への道を、迷うことなく歩き始めたようだ。巨大なロールサイズの印画紙にプリントされた飛行機の光跡のシリーズなど、思いきりよく余分な部分を切り捨てることで、「自分はこのように見た」という確信をさわやかに主張している。逆に「山肌に霧」や「霞む船」といった、霧や水蒸気が画面の全体を覆っているような作品では、「見えそうで見えない」曖昧なイメージを、切り捨てることなく抱え込もうとする。世界に向けられた眼差しが以前より柔軟になり、強靭さをともなってきているのだ。
だが、むしろここからが正念場だろう。村上友重という写真作家が何者なのか、そろそろ、もう少しクリアーに見えてくるような決定的な作品がほしい。

2010/11/12(金)(飯沢耕太郎)

小橋ユカ「針が飛ぶ」

会期:2010/11/09~2010/11/21

GALLERY SHU HARI[東京都]

東京・新宿から四谷にかけては、写真家たちがスペースを借りて自分たちで運営するギャラリーが多い。これらの小ギャラリーは自主運営ギャラリー、あるいはインディペンデント・ギャラリーと呼ばれるのだが、どうやら日本以外ではあまり見かけない形のようだ。欧米や他のアジアの国々では、ギャラリーのマネージメントは別な人が担当するのが普通であり、日本のように写真家(アーティスト)が企画・運営にまでかかわることはあまりない。だが自分たちの作品発表の場をきちんと、定期的に確保する場として、1970年代以降、自主運営ギャラリーは日本の写真表現の展開において重要な役割を果たしてきたし、今後もさらなる可能性が期待できそうな気がする。
そんな自主運営ギャラリーのメッカともいうべき四谷3丁目に、またひとつ新しいギャラリーができた。吉永マサユキが主宰する写真ワークショップ、レジストの卒業生、10名をメンバーとするGALLERY SHU HARIである。10月のメンバーによるオープニング展を経て、今回の小橋ユカの個展「針が飛ぶ」で本格的にスタートした。小橋はこれまでコニカミノルタプラザやTAPギャラリーでも個展を開催している力のある若手写真家だが、いまちょうど転機にさしかかっていると思う。路上スナップを中心に、身近な事物、近親者、風景などさまざまな被写体を、それなりに手際よく撮影し、プリントしていくことができるようになったのだが、それらをむしろセレクトして、自分のスタイルにまで固めていく時期にきているのではないだろうか。展覧会の挨拶文に「生暖かい脱力」という言葉があってなるほどと思ったのだが、たしかにふわりと垂れ下がったり、液体のように広がっていったりしているものに対して、鋭敏に反応しているような気がする。そういう被写体に意識を集中していくと、彼女らしい写真の形が見えてきそうだ。

2010/11/16(火)(飯沢耕太郎)

向後兼一「世界と向き合うために」

会期:2010/10/30~2010/11/20

art & river bank[東京都]

小橋ユカと対照的なスタイルながら、やはり同じように転機を迎えているように思えるのが向後兼一。2000年代初頭にデビューした彼は、デジタル画像を加工して作品を制作し始めた第一世代にあたる。フォトショップのような簡易なソフトを使って、風景の意味をずらしたり再構築したりする彼の作品は、2006年に東京国立近代美術館で開催された「写真の現在3:臨界をめぐる6つの試論」に選出されるなど、一定の評価を受けてきた。今回のart & river bankでの個展「世界と向き合うために」の出品作も、基本的にはその延長上にある。工事現場や飛行場の風景の画像に細いスリットを入れ、もうひとつの画像ではそのスリットに全画面を圧縮しておさめるという手法で制作されたシリーズなど、その画像処理のセンスのよさは際立っている。
だが、2000年代初頭には新鮮なショックで受け入れられたデジタル加工のアイディアが、いまやかなり見慣れたものになってしまっていることも否定できない。今回の展示に、まったく加工を施していない青空と雲のシリーズや、飛行場のようにあらかじめ特定の意味づけが為されている場所のイメージが増えてきているのは、彼自身もそのことを意識し始めているからだろう。この“過渡期”をポジティブに乗り切ることで、もうひとつ突き抜けた表現に到達してほしいものだ。

2010/11/18(木)(飯沢耕太郎)

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