2021年12月01日号
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artscapeレビュー

2010年12月15日号のレビュー/プレビュー

イダ・ファン・ザイル+ベルタス・ムルダー編著『リートフェルト・シュレーダー邸』(田井幹夫訳)

発行所:彰国社

発行日:2010年12月

リートフェルトが設計した近代建築の傑作、シュレーダー邸の本である。鮮やかな原色と抽象的な構成、そして忍者屋敷のような可動の間仕切りなどで知られる、デ・スティルを代表する住宅だ。本書は、施工やインテリアなど、さまざまな切り口から幾つかの論考を収録しているが、最大の特徴は、施主であり、60年近く暮らし、ついには設計者のリートフェルトと同居したトゥルース・シュレーダー夫人のインタビューを読めることだろう。彼女が回想しているように、二人のコラボレーションというべき作業の結果、20世紀の名住宅は誕生した。リートフェルトはこれが長く残ることを想定していなかったというが、いまやユトレヒトの重要な文化遺産である。なお、二人の関係については、アリス・フリードマンの研究書『女性と近代住宅の形成』(ALICE T.FRIEDMAN”WOMEN AND THE MAKING OF THE MODERN HOUSE”ABRAMS1998)にも詳しいが、本書でとくに楽しめるのは、やはりシュレーダー夫人の肉声が感じられることだ。家族と人生の思い出がつまった住宅に対する愛おしさが伝わってくる。彼女は多くのディテールにおいて自分がデザインに関与したことを回想するが、そう思ってもらうような設計は建築家冥利につきるし、だからこそ、施主が家を大事にしたのだろう。そして彼女こそは、リートフェルトに最初の本格的な建築の仕事を与え、傑作の住宅を多くの人に宣伝してきた最大のプロモーターだった。シュレーダー邸は、二人にとって大事な子どものような存在なのかもしれない。実際、彼女は亡くなった後に、違う人生観をもったほかの人が住むことを嫌がっていた。
筆者も2010年9月、二度目の訪問で初めてシュレーダー邸の室内を見学する機会をえた。原色を塗って、建築の各部分を抽象化しているが、実物はそこまで平滑な面ではなく(そもそもリートフェルトはコンクリート造にしたかった)、生々しい物質感がたちこめていた。また当初の状態に復元されたとはいえ、それでもなお使いたおしてきた生活の痕跡が感じられたことも印象深い。『リートフェルト・シュレーダー邸』を読むと、筆者が見学したときの空間体験の背後にあったものが、さまざまに開示される。本書は、オランダに留学し、多くの住宅を手がけてきた建築家、田井幹夫の翻訳によって刊行されたが、彼が願うように、日本人がシュレーダー邸をより深く知るための一冊となった。

2010/11/30(火)(五十嵐太郎)

『ねもは 01』

発行所:ねもは

発行日:2010年

2010年12月、文学フリマにてデビューした建築系同人誌である。
東北大の大学院生、市川紘司の編集と企画によって実現されたものだ。内容は、特集「絶版★建築ブックガイド40」のほか、大室佑介、斧澤未知子、加茂井新蔵による論考を収録している。なお、鈴木博之著の『建築は兵士ではない』から始まる、40冊のセレクションは、編集後記によれば、『建築の書物/都市の書物』(INAX出版)、ならびに『建築・都市ブックガイド21世紀』(彰国社)との重複がないことが意図されており、補完しながら読むべきテキストという文脈になっている。若手の執筆者が、現在流行の建築家を論じるなら、いかにもありそうなのだが、過去の絶版本をいまの文脈から再読するという企画は、なかなかユニークである。いずれの書評も、著者の紹介や本の背景など、守るべき最低限のルールがきちんとクリアされており、多くの執筆者の寄稿であるにもかかわらず、あまりむらがない。実際、既存の雑誌の書評でも、こうした基本的なことができていないものが少なくないことを考えると、評価すべきポイントだと思う。文字数も充分ある。図版やイメージ、あるいは対談や語りよりも、文字を中心とする、久しぶりの密度の高い建築批評誌としても重要である。とりわけ、「擬似建築試論」(「.review001」2010年)の続編を執筆している、加茂井新蔵の評論は本格的だ。
本書のもうひとつの大きな意義は、1980年代生まれの書き手が、これだけまとまったかたまりで可視化された初の試みであることだ。おそらく、現在も『建築文化』や『10+1』などの紙による雑誌が継続していれば、寄稿していたであろう若手が、自らメディアを立ち上げた状況は、きわめて現在的である。筆者もかつて大学院生のとき、南泰裕や槻橋修らと『エディフィカーレ』という同人誌を刊行した。その後、若手の自主メディアの系譜としては、90年代後半にぽむ企画のホームページが登場し、ゼロ年代には藤村龍至によるフリーペーパー、「ラウンド・アバウト・ジャーナル」が新しいシーンを生みだしている。『ねもは』の出現は、それに匹敵するインパクトだ。実は、巻頭言や前書きがなく、いきなり特集が始まる構成に意表をつかれたのだが、方向性を示すマニフェストはあえて掲げていない。次の課題は継続することだろう。

http://nemoha.web.fc2.com/

2010/11/30(火)(五十嵐太郎)

『アーキテクチャとクラウド 情報による空間の変容』

発行所:millegraph

発行日:2010年10月1日

まず最初に驚いたのが、背表紙にしかタイトルはないこと。表紙だけでは何の本かほとんどわからない。店頭での平積みによる初速の販売はあまり期待しないということなのか。なるほど、富井雄太郎の編集後記によれば、電子書籍元年と言われる2010年だが、そこに踏み切るには時期尚早と判断し、Amazonの販売を主軸に考えたという。
さて、本書のテーマは、「アーキテクチャ」と「クラウド」という、いわば現在もっとも流行しているキーワードを二つ掛け合わせたものだ。若い読者が興味をもたないわけがない。ヴィジュアル・メインのコンテンツではなく、対談やインタビューを軸としている(佐藤信が編集している『談』のスタイルにも近い)。これを読みながら思ったのは、かつては『建築文化』や『10+1』などの雑誌が、このような特集を組んだであろうということだ。が、周知の通り、ゼロ年代に入り、既存の建築雑誌が激減していった。そんななかで独自に本書が制作された過程そのものが、まさに現在のメディアの過渡期をよくあわらわしている。
本書は原広司×池上高志の対談に始まり、その後は柄沢祐輔、藤村龍至、森川嘉一朗、南後由後など、この種のテーマでは、おなじみの1970年代生まれのメンバーが登場している。とくに興味深いのは、吉村靖孝×塚本由晴の対談だ。前者は現代的な資本と情報の環境のなかから建築を再定義し、後者は情報というテーマを新しさだけから考えるのではなく、これまでの建築の蓄積のなかから位置づけようとしている。つまり、60年代生まれと70年代生まれのあいだの、新旧の価値観の違いが浮き彫りになっているのだ。識者の意見を拝聴するのではなく、また異分野の類似した思考を確認しあうのでもなく、同業者における思想の差異をぶつけあう対談はやはりスリリングだ。
はたしてアーキテクチャとクラウドが根本的に建築を変えるのか。それとも、狼少年のように、何度も繰り返される騒動のひとつとして歴史に残るのか。少なくとも、建築は最先端のテクノロジーではなく、もっとも遅い技術でもある。最新の建築がいつも過去よりすぐれた空間というわけでもないし、世界の多くの人々は昔と変わらない空間を享受している。それは歴史が証明してきたことだ。だからこそ、われわれが生きているいま現在が建築の歴史にとって革命的な瞬間になるかもしれないと特権的に唱えられる姿勢には、完全には同意できない。しかし、ここには未来を切り開こうという若さはある。

2010/11/30(火)(五十嵐太郎)

三浦展+SML『高円寺 東京新女子街』

発行所:洋泉社

発行日:2010年9月24日

50のキーワードから読み解く、三浦展+渡和由研究室『吉祥寺スタイル』(文藝春秋、2007)に続き、高円寺の本が刊行された。今度は、コンビニ研究(『10+1』24号)や広場研究を行なう、女性建築家のユニットSML(西牟田奈々+和田江身子)がパートーナーである。それは近年、高円寺が「森ガール」の聖地と呼ばるようになり、かわいいお店が増え、女子の街として人気を集めているからだろう。住みたい街のランキングも上昇している。フィールドワークにもとづく、街の詳細な観察は、SMLならではの手法であり、大きな美しい写真ではなく、こまごまとした写真は高円寺にふさわしい。例えば、看板、階段、郵便受けなど、テーマ別のヴィジュアル比較である。街の魅力を一冊の書籍で紹介する形式として、吉祥寺本も高円寺本も楽しめる内容だ。路上観察学のトマソンのようなアート的な見立てのインパクトではなく、細かい差異を発見する姿勢が現代的である。
ただ、一点気になるのは、中央線沿いの街に対する無条件な称賛だ。筆者も吉祥寺に長く住んだ経験があり、この街の良さはよく知っている。だが、郊外の風景や過防備化する都市への批判として、中央線沿いを対比的にもちあげるだけでよいのか?逆立ちしても、郊外は高円寺にはならないだろう。本気で社会の郊外化を心配するなら、中央線沿いのユートピア的な素晴らしさに酔いしれるだけでは不十分のように思われる。

2010/11/30(火)(五十嵐太郎)

第5回金沢学会

会期:2010/12/02~2010/12/03

金沢エクセルホテル東急[石川県]

金沢創造都市会議と隔年で交互に開かれている会議で、金沢経済同友会が主催している。創造都市会議が公開シンポジウムというかたちで、都市問題を実践的なレベルで討議するのに対し、金沢学会はそこで挙げられたテーマをさらに掘り下げ、調査結果などに基づいて議論する非公開のシンポジウムである。立ち上げには創造都市研究で知られる佐々木雅幸教授が関わっている。1999年に第1回のプレシンポジウムが始まっており、かなり早い段階から創造都市に関する議論がなされてきたことは特筆すべきであろう(チャールズ・ランドリーの『創造的都市』の出版は2000年である)。第5回の金沢学会では「都心」をテーマに、「情報を発信する」「学生よ集まれ」「クラフトを活かす」という三つのセッションが行なわれ、都心に活力を与えるためのさまざまなアイディアが紹介、検証された。金沢は都市としての意識が非常に高い一方で、危機意識も高い。2014年の北陸新幹線開業によるストロー効果への対策として、都心強化とにぎわい創出の必要性が討議された。この会議と金沢という都市のゆくえは、日本の地方都市のあり方を考えるうえで、注目に値するだろう。

2010/12/02(木)(松田達)

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