2019年09月01日号
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artscapeレビュー

2015年03月15日号のレビュー/プレビュー

MOTLEY CRUE THE FINAL TOUR IN JAPAN

会期:2015/02/15

さいたまスーパーアリーナ[埼玉県]

大宮のさいたまスーパーアリーナで、モトリー・クルーのファイナル・ツアーを見る。紆余曲折はあったが、オリジナルのメンバーだ。初めて彼らが登場したとき、いい曲だが、下手なバンドだと思っていたが、実演は想像以上にちゃんとした演奏だった。トミー・リーのドラムセット、昔は360度の宙返りだけだったが、さらに空を飛んだ! ジェットコースターのようなレールを伝い、空中で何度か回転しながら、アリーナの真ん中くらいまでやってくる。笑ってしまうバカバカしい演出、最高だ。

2015/02/15(日)(五十嵐太郎)

安藤忠雄建築研究所《東急大井町線上野毛駅 新駅舎》/吉田五十八《五島美術館》

[東京都]

安藤忠雄の改築による《上野毛駅》(2011)を見る。両側の駅舎をつなぐように、道路の上を屋根が横断し、そこに丸い穴を開ける。シンプルかつシンボリックな操作だ。《五島美術館》(1960)の茶道具取り合わせ展は、ミニチュアのセットに、いまのサブカルチャーに通じる感覚を読みとれて興味深い。それにしても、ゆがみや割れを尊ぶ美学は、ユニークである。あと、吉田五十八の建築は、住宅だといいけれど、なぜ大きいスケールだと、大雑把な和風になってしまうのか?

写真 上:安藤忠雄建築研究所《上野毛駅》 中・下:吉田五十八《五島美術館》

2015/02/15(日)(五十嵐太郎)

小平雅尋「他なるもの」

会期:2015/02/07~2015/03/07

プラザ・ギャラリー/タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

東京・仙川のプラザギャラリーと六本木のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで、小平雅尋の「他なるもの」展が開催された。このシリーズは2013年の表参道画廊での個展で既に発表されているが、新作を加え、プリントの大きさを変えて2箇所の会場でほぼ同時期に開催されることで、以前とは違った眺めが見えてきているように感じた。
写されているのは、エスカレーターのような身近な事物から、やや距離を置いて撮影された風景までかなり幅が広い、昆虫や人の体の一部をクローズアップで撮影した作品もある。だが驚くべきことは、それらのすべてがある共通の質感を備え、互いに強い絆で結びついているように見えることだ。同展のカタログを兼ねた小冊子に倉石信乃が書いたエッセイを引用すれば、すべてが写真家から「等距離」にあるように見えてくるのだ。
「無限大の彼方に光る星辰も、眼前にいるあなたのいま開いたばかりの掌も、「私」には同じ隔たりだ。だから「私」はどこへでも行くことができる。たとえこの場を動かないときにも」
たしかに、倉石がいうように、小平の写真を見ていると森羅万象の一角からイメージを「等距離」で切り出してくる小平の選択が、きわめて厳密で揺るぎないものであることがわかる。しかも特筆すべきなのは、その手つきが決して小難しく窮屈なものではなく、ふっと頬が緩むような柔らかなユーモアをたたえているように見えてくることだ。理屈ではなく五感を解放して味わうべき、チャーミングな写真群といえるのではないだろうか。

会期: 2015年2月7日(土) ~ 3月1日(日)
会場: プラザ・ギャラリー
会期: 2015年2月7日(土)~ 3月7日(土)
会場: タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム

2015/02/15(日)(飯沢耕太郎)

ダメ男ショートフィルムプログラム 全5作品/アカデミー賞ショートフィルムプログラム 全4作品

会期:2015/02/01~2015/03/15

Brillia SHORTSHORTS THIEATER[神奈川県]

ブリリア・ショートショートシアターの年間パスを購入したので、通うようになった。ダメ男ショートフィルムプログラムは、ちょっと悲惨すぎるような感じのものもあったが、3番目のStuart van Eysden監督の『テディ』(14分)は、コミカルなホラーで笑える。低予算、短い尺で、いかにその余白も感じさせる作品をつくることができるかが、短編映画の醍醐味である。アカデミー賞ショートフィルムプログラムは、さすがにクオリティが高い。短編は、巨額の予算を使うハリウッド一辺倒ではなく、作品がインターナショナルになりやすいのがよい。『ミスター・ヴォーマン』は、精神分析医と自らを神と名乗る受刑者の物語である。哲学的にも聞こえる会話が笑える。そして男はベルギーをこの世から消すと言い、本当にそれを起こしてしまう。一番よかったのが、Wei Hu監督の『チベットの埃』だった。北京やディズニーなどの書き割り写真を背景に、チベット遊牧民のさまざまな集合写真を撮るのだが、強烈な地域性と非場所の唐突なぶつかりあいが印象的である。そして撮影が終わり、最後に出現するフィクションのような本物の風景(=大自然の中の中国の建設現場)に驚かされる。ドキュメンタリーのような物語だ。

2015/02/16(月)(五十嵐太郎)

広川泰士「BABEL Ordinary Landscapes」

会期:2015/02/13~2015/03/24

キヤノンギャラリーS[東京都]

広川泰士には『STILL CRAZY - Nuclear power plants as seen in Japanese landscapes.』(光琳社出版、1994年)という作品集がある。日本各地の海岸線に沿って建造された53基の原子力発電所を、大判カメラで撮影した写真を集成したものだ。いうまでもなく2011年3月11日の東日本大震災によって、福島第一原子力発電所が大事故を起こしたことで、原発が「狂気」の産物であるという広川が抱いていた予感は現実のものとなった。
東京・品川のキヤノンギャラリーSで展示された彼の新作「BABEL」もまた、日本各地の風景に対して彼が育て上げていった違和感、不安感を形にしたものといえる。1998年から15年以上にわたって、8×10インチの大判カメラで撮り続けるうちに、大地を引き裂き、捏ね上げ、旧約聖書のバベルの塔を思わせる醜悪な建造物を作り上げていく人間の営みは、さらにエスカレートしていったように見える。それにともなって、自然のしっぺ返しといえるような地震や津波も起こり、その後には黙示録的といいたくなるような無惨な光景が広がることになる。『STILL CRAZY』でもそうだったのだが、広川はそれらの眺めを声高に、情感を込めて描き出すのではなく、むしろ素っ気なく、投げ出すように提示している。だがそのことによって、写真を見る者はより苦く、重い塊を呑み込むような思いに沈み込むのではないだろうか。掛け値なしに、ここにあるのが、いまの日本の「普通の風景」(Normal Landscapes)なのだ。
今回の展示では、キヤノンの大判デジタルプリンターの威力を見せつけられた。最大2.60×3.25メートルという大きさのカラープリントを、継ぎ目なしで出力することで、風景のディテールが異様な物質感をともなって立ち上がってくる。10年前には考えられない展示が、ごく当たり前に実現できるようになってきている。

2015/02/16(月)(飯沢耕太郎)

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