artscapeレビュー
日比野克彦 個展「ひとはなぜ絵を描くのか」
2011年01月15日号
会期:2010/10/30~2010/12/13
3331 Arts Chiyoda[東京都]
日比野克彦こそ、じつは純粋芸術を限界芸術の地平に解き放とうとしているのではないか。東京では約8年ぶりという本展を見て、真っ先に思い至ったのはこの点である。というのも、80年代のデビュー当時のダンボール絵画から近年盛んに取り組んでいる世界の辺境で描くスケッチの数々までを見てみると、そこにあるのは専門的で高度な技術というより、非専門的で日常的な手わざだからだ。日比野が用いているクレヨンやパステル、水彩絵具、ダンボール、刺繍の糸などは、文字どおり誰もが子どもの頃に親しんだことのある画材であり、ダンボールを組み合わせて厚みをもたせたマチエールは、絵画というより、むしろ工作といった方がふさわしい。たしかに、イラストレーションにおける「ヘタウマ」に相当するような稚拙さが、日比野を絵画の歴史に位置づけることを困難にしてきたことは否定できない。けれども、従来の「現代美術」に代わって「現代アート」という言葉とともに台頭した80年代のニューウェイブが、それまで積み上げられてきた戦後美術の歴史を切断したパラダイム・チェンジだったとすれば、その嚆矢とされる日比野は限界芸術によって純粋芸術の歴史を切り離したと考えることができないだろうか。言い換えれば、限界芸術によって純粋芸術を内側から撹乱することで、それまで離れていた双方の境界線を接近させ、溶け合わそうとしたのではないだろうか。現在のアートシーンで活躍するアーティストたちによる作品に、非専門性、作者と鑑賞者の交換可能性、純粋芸術にも大衆芸術にもなりうる両生類的な原始性といった限界芸術の要素が顕著に見出せるとすれば、それはもしかしたら日比野克彦が切り開いた系譜に由来しているのかもしれない。
2010/11/29(月)(福住廉)