artscapeレビュー

マチェーテ

2011年01月15日号

会期:2010/11/06

バルト9[東京都]

B級映画の醍醐味は、A級映画の後塵を拝しながらも、時としてその地位を換骨奪胎する怪しい魅力が溢れているところにある。チョイ役として顔は知られている反面、名前までは十分に浸透していなかったダニー・トレホを主人公にした本作は、まさしくB級映画の正統派。「これぞB級映画!」と拍手喝采を送りたくなるほど、すばらしい。なるほど、大きな鉈(マチェーテ)を振り回して、敵の身体を次々と切り刻む主人公マチェーテは、恐ろしいほど強い。けれども、マチェーテはスーパーマンやバットマンのようにスマートではないし、格好良くもない。ヒーローにしてはガタイがでかすぎるし、その顔といったらまるで厚揚げのように肉厚で、おまけにつねに仏頂面だからだ。とはいえ、映画を見ているうちに、この武骨なおっさんがこの上なく格好良く見えてくるから不思議だ。ブッシュマンを連想させる小笑いや、大衆に迎合したエロティシズム、メキシコからの不法移民をめぐる政治的問題などが、マチェーテの男気を効果的に際立てている。そして、なによりマチェーテの魅力を引き出しているのが、脇を固めている豪華な役者陣だ。ロバート・デ・ニーロ、スティーヴン・セガール、リンジー・ローハン、そしてドン・ジョンソン。とりわけ、ドン・ジョンソンは『マイアミ・バイス』の面影はどこへやら、徹底的に悪人を演じきっていて見事だったし、リンジー・ローハンも破廉恥で蓮っ葉な小娘を楽しんでいた。唯一、ダメだったのが、麻薬王を演じたセガール。残忍極まる冒頭のシーンでいつもとは別の顔を見せて期待を高めたにもかかわらず、終盤のマチェーテとの決闘シーンではどういうわけか途中でみずから切腹するという不可解な死に方で終わっていた。武士ではあるまいし、麻薬王が潔く腹を切るなんてあるものか。このシーンだけ主人公がセガールに代わってしまったと錯覚するほど、不自然な演出である。これを突っ込みどころ満載のB級映画ならではの魅力ととらえるのか、あるいは主役の座を死守したいセガールの陰謀ととらえるのか。いずれにせよ、同じ主役級でも、国境線に張り巡らされた有刺鉄線に絡めとられたまま銃弾を浴びて情けなく息途絶えたデ・ニーロは、やはりすばらしい。

2010/12/01(水)(福住廉)

2011年01月15日号の
artscapeレビュー