artscapeレビュー
2014年08月15日号のレビュー/プレビュー
プロジェクト群、「水戸岡鋭治からのプレゼント」展
会期:2014/06/28~2014/09/15
熊本市現代美術館[熊本県]
久しぶりに熊本へ。おそらく震災がなければ、もっと早く訪れていたはずの熊本駅前のプロジェクト群を見学した。佐藤光彦による用途に応じて大小様々な開口を空けた壁を折り曲げて囲む《西口駅前広場》、西沢立衛の大きなしゃもじのような大屋根がある《東口駅前広場》、クライン・ダイサム・アーキテクツのカラフルでかわいらしい《熊本南警察署熊本駅交番》、デザインヌーブの《白川橋左岸緑地トイレ》、田中智之らによる駅周辺のサインやデザインなど。2011年3月の九州新幹線の全線開通にあわせて、すごい密度感でこれらのプロジェクトがそろった。くまもとアートポリスの制度を使いながら、どこにもないユニークな駅周辺の景観が生まれている。また熊本市現代美術館では、「水戸岡鋭治からのプレゼント まちと人を幸福にするデザイン」展をちょうど開催しており、のぞくと、JR九州関係のプロジェクトが目白押しだ。他地域と違う、JR九州の攻めの姿勢を感じる。展示は、会場内にカフェ、ショップ、子供が乗るミニトレイルもあり、楽しげな雰囲気だった。
2014/07/13(日)(五十嵐太郎)
《熊本城》
[熊本県]
熊本城を訪れるのは、学生のとき以来だろうか。RC造で復元されたものとはいえ、改めて外観の細部をつくづくと眺めると、日本のお城というのは、面白いかたちをしている。これまでの日本建築のヴォキャブラリーを活用しながら、象徴性と機能性をアクロバティックに架橋する。やはり、火災にも耐える石垣がもっとも長く残りそうな建造物だ。
2014/07/14(月)(五十嵐太郎)
野村佐紀子「TAMANO」
会期:2014/07/05~2014/07/24
B-GALLERY[東京都]
野村佐紀子のB-GALLERYでの連続個展の様相が今回大きく変わった。いつもの闇+ヌードではなく、明るい光があふれる空間で撮影された自然体のポートレートが並ぶ。しかも撮影されているのは、48名のお年を召した方たちだ。いつもの野村の写真を期待して見に行くと肩すかしを食うだろう。
今回展示された写真群は「瀬戸内国際芸術祭2013」の「宇野港街中写真プロジェクト」の一環として、「老人ホームなどの入居者をはじめとした岡山県玉野市に暮らす人々」をモデルとして撮影された。一見して感じるのは、写されている人たちが、皆とても「おしゃれ」だということだ。それもそのはずで、このプロジェクトには荒木経惟の撮影でずっとスタイリストをつとめてきた岩田ちえ子と、アパレルメーカーのパタンナーから老人施設のヘルパーに転じた久村み幸が協力している。つまり野村がシャッターを切る前に、二人がモデルたちに薄化粧し、衣服をコーディネートしているのだ。実は三人は川崎市の老人施設でもずっと同じような試みを続けていて、今回の撮影はその延長線上ということになる。
先に川崎市市民ミュージアムでの倉谷拓朴の展示を紹介したが、この「TAMANO」も一種の「遺影写真プロジェクト」といえるかもしれない。老人たちの中に埋もれかけていたエロスの力を、野村、岩田、久村が引き出し、それを丁寧なセッティングで写しとっている。結果的に、彼らが生きてきた時間の厚みが思いがけない形で花開いた、心を打つ写真群に仕上がっている。川崎でのプロジェクトも、どんな形になっていくのかが楽しみだ。
2014/07/17(木)(飯沢耕太郎)
札幌国際芸術祭2014
会期:2014/07/19~2014/09/28
地下歩行空間(チ・カ・ホ)+芸術の森美術館+北海道立近代美術館[北海道]
早朝の便で札幌へ。まずは札幌駅から続く地下歩行空間の一画に設けられた受付でプレス登録。芸術祭は「都市と自然」をテーマに掲げ、市街地だけでなく郊外にも作品を点在させているため、ツアーに乗って見ることにする。最初はこの地下通路に展示された作品から。ここはかつて川が流れていた場所らしく、その記憶をたどりつつ地下の水脈に耳を傾けるという「センシング・ストリームズ」をテーマにしている。それこそセンシティブなテーマのうえ、映像やメディア系の作品が多いため、一見なにをやっているのか伝わりにくい。たとえば、自動的にグラフィティを描く装置で知られる菅野創/yang02は今回、通行人に反応してペンが動く仕掛けを開発したが、おもしろさが直接伝わりにくくなった。もっとビジュアル・インパクトが強くなくちゃ通行人は足を止めないよ。人通りの多い(ということは制約も多い)公共空間を使うのはチャレンジングな試みだけど、とても難しいことだ。地上に出ると、レンガ張りの歩道の中央に巨大な岩塊がドンと置いてある。島袋道浩の《一石を投じる》。アイヌの集落がある二風谷から運んできた直径2メートルを超す奇岩で、碁盤目状に整備された札幌のど真ん中に得体の知れない「自然」を置くことで、文字どおり「都市」に一石を投じている。これは痛快。地下空間でのストレスを発散させてくれた。
バスで郊外の札幌芸術の森美術館へ。ここと北海道立近代美術館の2館は作品が集中するメイン会場になっている。芸術の森に出してるのは砂澤ビッキ、宮永愛子、トマス・サラセーノ、カールステン・ニコライら約10人だけど、旧作や「都市と自然」のテーマに引きずられた作品が目立ち、ハジケたものがないなあ。第一せっかく自然に囲まれた場所なのに、なんで屋外に出ないのか。そんなこともあって、美術館から10分ほど歩いた森のなかで聞いたスーザン・フィリップスのサウンド・インスタレーション《カッコウの巣》は、とてもさわやかで印象的だった。こんもりとした森の樹上に数台のスピーカーを環状に仕掛け、中世から伝わるカッコウ(札幌市の鳥でもある)の歌を本人が唄い、輪唱にして聞かせるというもの。札幌国際芸術祭にもっともふさわしい作品といえるかもしれない。ただしこれも札幌オリジナルではなく、2011年の旧作だけどね。
都心に戻って北海道立近代美術館へ。芸術の森が「自然」に恵まれた環境とすれば、近代美術館は「都市」のど真ん中と対比を際立たせている。こちらは岡部昌生、高谷史郎、アンゼルム・キーファー、スポード・グプタらの出品。壷や皿など金属の器を集積してキノコ雲のかたちにしたグプタの巨大彫刻は、旧作ながら圧倒されるが、同じ旧作でも福岡市美術館から借りてきたキーファーの《メランコリア》は、ここにある理由がわからない。なんでいまさらキーファーなんだ? 完全に浮いている。全体に「都市と自然」のテーマ、そこから派生する北海道の炭鉱や近代化の問題、あるいはアイヌやエコロジーに対する問題意識は高いが、それを直裁に作品化したものが多く、島袋やグプタのように一歩引いて諧謔的だったり笑いを誘ったりするような作品が少ない。だからどこか優等生的で、「楽しむ」より「学ぶ」芸術祭になっている。このキマジメさはゲストディレクター坂本龍一の趣味を反映しているのだろうか。
2014/07/18(金)(村田真)
オール・ユー・ニード・イズ・キル
血みどろの描写でノルマンディー上陸を行なう『プライベート・ライアン』+同じ時を反復するタイムリープものだが、これだけ何度も主人公たちが死ぬ、または相棒に殺される映画も珍しいだろう。ゲーム的な設定とはいえ、それを映画的な視覚の面白さに昇華し、ルール変更の終盤まで文句なく引き込まれる。ラストが予想外なら、作品として化けただろう。
2014/07/18(金)(五十嵐太郎)