artscapeレビュー
2010年10月15日号のレビュー/プレビュー
クーバッハ─ヴィルムゼン「石の本彫刻展」
会期:2010/09/13~2010/10/02
ギャラリー新居[東京都]
この8月、安藤忠雄の設計でドイツにクーバッハとヴィルムゼンの彫刻美術館が完成したのを記念する展覧会。作品は、世界中のさまざまな石を本のかたちに彫った彫刻が20点ほど。石の本というのは魅力的だ。重いし、開けないし、たとえ開いたとしても(どうやって?)文字が書いてないのが難点だが、文字の代わりにはるかに時代を超えた情報がつまっているし、なにより燃えないのが最大の強みか。大理石の本を見ていて、西洋の古書にしばしばマーブリングの装飾が施されていることを思い出した。マーブリングとはまさに大理石模様のこと。そうか、石が本になろうとしたのではなく、昔から本は石に憧れていたのだ。
2010/09/24(金)(村田真)
フィギュアの系譜──土偶から海洋堂まで
会期:2010/07/10~2010/09/26
京都国際マンガミュージアム[京都府]
夏の間ずっと気になっていたのだが、終了間際に見ることができた。展示の半分は、現代の「フィギュア」カルチャーの代名詞とも言える"海洋堂”のフィギュア作品や、この会社の歴史や制作にまつわるものの紹介なのだが、前半は近年のフィギュアブームに至るまでの歴史を「人形文化」という切り口から系譜として展示。サブタイトルのとおり、展示が土偶や埴輪から始まるのはやや強引だが、古代から現代まで、時代ごとに分類された人形類の展示資料、日本の人形文化にまつわる文献資料、それらに関する解説も興味深く見やすい。「こけし」や「ポーズ人形」「超合金」「りかちゃん」など、ここでの主な資料となったのは兵庫県立歴史博物館が所蔵する「入江コレクション」の125点。それぞれは数点ずつなので量としてはけっして多くはないし、分類にも偏りがあり、テーマを丁寧に考察しているとは言いがたいのだが、それだけに、担当者の趣向(?)が垣間見える内容でもあり個人的には楽しめた。「こけし」のおみやげを買うブームから派生して「カッパこけし」のブームがあったことを示す資料が展示された「こけし」コーナーが特に良い。後半は“海洋堂”の社史やその商品開発の歴史、フィギュア制作の行程などの詳細とともに、ウルトラマンから「食玩」、等身大の「綾波レイ」まで膨大な数の資料展示。こちらは質量ともに見応えがあり、これまで関心がなかった私にも興味をそそられる新鮮な内容でもあったのだが、それにしても前半と後半の展示には、内容、ボリュームともに差が目立つ。タイトルやテーマ自体は興味深いだけに残念。第二回以降の開催を望みたい。
2010/09/25(土)(酒井千穂)
「榮榮&映里 RongRong & inri」展
会期:2010/09/25~2010/10/22
MEM[東京都]
大阪の現代美術ギャラリー、MEMが東京に移転してきた。恵比寿のNADiff a/p/a/r/tの2Fというなかなかいいロケーションなので、所属作家の森村泰昌、澤田知子らを含む今後の展示活動が大いに期待できそうだ。
移転第一弾として開催されたのが榮榮(RongRong)と映里(Inri)の二人展。2000年に中国に渡った横浜出身の映里(本名、鈴木映里)は、90年代から身体的なパフォーマンスを作品化していた榮榮とのコラボレーションを開始する。最初の頃は、彼らの愛、歓び、孤独や疎外感などを激しくぶつけあう感情の振幅の大きい作品が多かったのだが、2001年に結婚し、3人の子どもが生まれ、2007年には北京郊外の朝陽区草場地に三影堂攝影芸術中心(Three Shadows Photography Art Centre)を設立といった出来事を経て、彼らの作風も少しずつ変化していった。近作では妊娠中の映里や子どもたちを加えた記念写真的なポートレート、DMにも使われた二人の長い髪の毛を結びあわせ、編み込んだ後ろ姿の作品など、安らぎ、自信、信頼感などが前面に出てきているように見える。今年の5月~7月には深圳のヘーシャンニン美術館で、2000~2010年の代表作170点を展示する大規模な展覧会を実現し、ヨーロッパやアメリカなどでの評価も高まりつつある。
むろん、彼らの写真作家としての意欲が衰えたわけではない。生と表現との深い関わりを、緊密かつヴィヴィッドに投影してきた二人の作品は、これから先も大きく変化しつつ深化していくのだろう。やや意外なことだが、今回が彼らの日本での初個展になる。もう一回りスケールの大きな会場での展示もぜひ実現してもらいたいものだ。
2010/09/26(日)(飯沢耕太郎)
林田摂子「箱庭の季節」
会期:2010/09/24~2010/10/03
Place M2 gallery[東京都]
新宿御苑前のPlace Mの階下に、もうひとつ新しいギャラリーが誕生した。名づけてM2 gallery。瀬戸正人が主宰する写真ワークショップ「夜の写真学校」のメンバーを中心に運営していくのだという。瀬戸、坂口トモユキに続く三人目の個展が林田摂子の「箱庭の季節」である。このシリーズは2000年、2009年に続く三回目の展示で、長崎の母方の実家とその周辺を撮影している。先頃ようやく写真集として刊行された『森をさがす』(Rocket)とともに、彼女のライフワークとして成長していってほしいシリーズだが、今回作品を見ながら「これでいいのだろうか」という思いを強くした。
林田はとても力のある写真家で、その撮影ぶりには安定感があり、写真を組み合わせて並べていく能力も高い。この「箱庭の季節」にしても、過去、現在、未来と連綿としてつらなっていく一族の暮らしの細部が的確にとらえられ、ゆったりとした時の流れを感じさせる気持ちのいい作品に仕上がっている。だが、このままだと緊張感を欠いた、穏やかなイメージが淡々と続くだけで終わってしまいそうな気もする。仮に波風が立つにしても、近親者の誕生や死のような予測の範囲内におさまってしまいそうだ。むしろ『森をさがす』のように、「物語」としての大胆で緊密な構築をめざすべきではないだろうか。いまのような「大河小説」ではなく、むしろ「短編」のつらなりのような構成の方が、このシリーズには向いているような気もする。
2010/09/26(日)(飯沢耕太郎)
笹岡啓子「CAPE」
会期:2010/09/21~2010/10/17
photographers’galleryの創設メンバーのひとりである笹岡啓子は、同ギャラリーを中心に、広島・原爆記念公園とその周辺を撮影したモノクロームの「PARK CITY」とともに、カラーの6×6判による風景写真のシリーズを発表してきた。「限界」「観光」「水域」、あるいは今年6月にRat Hole Gallery Viewing Roomで開催された個展では「EQUIVALENT」といったタイトルで発表(同ギャラリーから同名の写真集も刊行)されてきたこれらの写真群には、ほぼ共通した特徴がある。
被写体になっているのは、海辺、森、岩場といった境界、あるいは周縁の空間で、自然と人工物が混じり合っているような場所が多い。さらにその多くに、さりげなく「ヒト」の姿が写り込んでいるのが気になる。ということは、これらの写真は被写体となる場所を純粋に「風景」として自立させることをめざしているのではなく、むしろもっと曖昧に生活、観光、宗教といった「ヒト」の営みを含み込むように設定されているといえるだろう。それは、今回の「CAPE」の展示でも同じで、何枚かの写真では、海に突き出た「岬」という象徴的な空間性は後ろに退き、浜辺で潮干狩りをする人びとのなんとも散文的な場面が前面に出てくる。「ヒト」の姿はむろん確信的に選択されているのだが、シリーズの中に純粋な、人気のない「風景」もまた組みこまれていることで、作品全体の構造がややわかりにくくなっている気もする。中間距離で撮影された、所在なげにたたずむ「ヒト」のあり方をもっと強く押し出してくることで、このシリーズの骨格がきっちりと定まってくるのではないだろうか。
2010/09/26(日)(飯沢耕太郎)