artscapeレビュー
2011年04月15日号のレビュー/プレビュー
シュテーデル美術館所蔵 フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展
会期:2011/03/03~2011/05/22
Bunkamuraザ・ミュージアム[東京都]
有名なフェルメールの絵画《地理学者》の背景を読み解くための、社会的な背景を紹介する展覧会。17世紀のオランダ絵画は、窓の描き方において重要な時代だが、とくに興味深い作品、ピーテル・ヤンセンス・エーリンハ《画家と読みものをする女性、掃除をする召使いのいる室内》の実物に出会えたことが良かった。これは、扉の向こうの部屋の窓という折り畳まれた重層的な空間構成や、絵画と鏡に囲まれた大きな窓がさまざまなリフレクションを起す複雑な関係性など、表象分析の題材として楽しめるだろう。
2011/03/23(水)(五十嵐太郎)
黒田光一「峠」
会期:2011/03/15~2011/03/27
AKAAKA[東京都]
黒田光一の『弾道学』(赤々舎、2008)は、スケールの大きな写真作家の誕生を告げるいい写真集だった。ただ、静岡県御殿場市の北富士演習場で撮影された凄絶な美しさを持つ夜間演習の弾道の光跡のイメージと、どちらかと言えば雑駁な街頭スナップとを、うまく関係づけるのが難しかったと思う。それから3年ぶりの新作の発表になる今回の「峠」では、あえて被写体の幅と距離感を狭めることによって、緊張感と集中力を感じさせる展示となった。
被写体になっているのは、彼が日々撮影し続けている、これといって特徴のない街の眺めである。鷹野隆大の『カスババ』を、よりクローズアップで展開したようにも見えなくもない。縦位置に切り取られ、壁にピンで止められたり、机の上にテープで貼付けられたりした40点あまりの作品では、都市を表層のつらなりとして見る視点が貫かれている。そこから浮かび上がってくるのは「もっともらしく整った景色」に刻みつけられた、「生き物と、やはり生き物の自分とのおびただしいクラッシュの痕跡」だ。それらの手触りを、傷口を指先で確かめるように写しとるというのが、黒田の今回のもくろみと言えるだろう。その試みは展覧会の会期中も続けられており、震災以後の東京を撮影した画像を上映して見せるコーナーも設けられていた。まだ途中経過という感じではあるが、その作業の全体が見渡せるようになれば、見所の多い作品として成長していくのではないだろうか。
2011/03/24(木)(飯沢耕太郎)
永瀬沙世「WATER TOWER」
会期:2011/03/25~2011/04/14
Nidi gallery[東京都]
永瀬沙世はファッションや音楽関係の雑誌で主に仕事をしている写真家だが、このところギャラリーでも意欲的に作品を発表するようになってきた。青山から渋谷に移転してきたNidi galleryで開催された今回の個展でも、面白い切り口の作品を見ることができた。
「WATER TOWER」といえば、すぐに思い出すのはドイツのベルント&ヒラ・ベッヒャーの同名の作品である。いわゆる「ベッヒャー派」の典型というべきこのシリーズでは、ドイツ各地で撮影された給水塔が整然と、あたかも標本のように並んでいる。カメラアングル、撮影条件を同じにすることで、それらのフォルムの微妙な「差異と反覆」が浮かび上がってくるのだ。このベッヒャー夫妻の作品を知っているかどうかで、永瀬の「WATER TOWER」の見え方も違ってくるのではないだろうか。こちらは大判カメラによってきっちりと撮影されたベッヒャー夫妻の「WATER TOWER」とはまったく正反対で、ブレや揺らぎを含んだカラーのスナップショットである。中央がくびれている、ちょっとユーモラスな形の給水塔は、なんだかお伽の国の建築物のようだ。そのメルヘンティックな佇まいの風景に、さりげなく女の子の後ろ姿や足の一部を配するセンスが心憎い。永瀬流のランドスケープとして、きちんと成立しているのではないかと思う。
なお、スウェーデンの出版社LIBRARYMANから刊行されたばかりの写真集『Asphalt & Chalk』も、会場で特別販売していた。こちらは、チョークで道や壁に落書きしている女の子の童話風のスナップ。作品の幅が、いい感じに広がりつつあるのがわかる。
2011/03/25(金)(飯沢耕太郎)
20世紀のポスター[タイポグラフィ]─デザインのちから・文字のちから─
会期:2011/01/29~2011/03/27
東京都庭園美術館[東京都]
ポスター展だが、文字のデザインにスポットをあてる切り口がおもしろい。近代におけるスイスやドイツの重要性がよくわかる。大衆的な商品のコマーシャルや展覧会のポスターが数多くあるなかで、マニアックなコロンビア大学の建築学科のレクチャーのポスターが入っていたのが、印象的だった。これは建築的なタイポグラフィを提唱するウィリィ・クンツのデザインである。
2011/03/25(金)(五十嵐太郎)
VOCA展2011
会期:2011/03/14~2011/03/30
上野の森美術館[東京都]
震災後、初めて展覧会に足を運ぶ。2週間も展覧会を見なかったのは、この連載が始まって以来(もう15年になるが)初めてじゃないかしら。自慢じゃない、自嘲だ。あまり見たいとも思わなかったし、見たくても開いてないところが多かったし。「VOCA」展も初日こそ開いたものの翌日から数日間お休みしたそうだ。今日、平日の午前中だというのにそこそこ人が入っているのは、みんな気持ちに余裕が出てきたせいかもしれない。さて、今年は昨年に続き、VOCA賞の中山玲佳をはじめ6人の受賞者はすべて女性。それはいいのだが、気になるのは、受賞作品の大半が人物や動物を中心にさまざまなイメージをコラージュした物語性の強い具象画で占められていること。こうした傾向は今年に限ったことではないし、また、それらのなかにもさまざまな傾向が見られるのも事実だが、もっともっと多様な作品が出てきてほしいと思う。一時に比べ写真が激減したのも気になるところ。そんななか、とくに目を引いたのが小池真奈美と青山悟のふたりだ。小池の作品は、落語のストーリーをみずから江戸町人に扮して描いたもので、物語性の強い具象画という点ではまさに「VOCA調」といえるが、アナクロな題材(推薦人の山下裕二氏いわく、21世紀に復活した「近世初期風俗画」)と卓越した技法で際立つ。一方、青山の作品は、まず第1に21×29センチの画面が2点というサイズの小ささにおいて逆に目立ち、第2に絵画ではなく刺繍という手法において異彩を放ち、そして第3に絵画の審査を揶揄するような内容において「VOCA」そのものに揺さぶりをかけていた。今回最大の震源地といえよう。全体としてもうひとつ気になったのは、大作の場合2~4枚のキャンヴァスないしパネルをつないで1点の作品とする例が多いこと。これは制作スペースの制約によるものだろうが、つなぎ目の線がとても気になる。その点、4つのイメージを4枚のキャンヴァスに描いて1点の作品とした中山玲佳の分割法は納得できるが、最善の方法は青山のように小さな作品を出す勇気を持つことだ。
2011/03/25(金)(村田真)