2018年04月15日号
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artscapeレビュー

2016年05月15日号のレビュー/プレビュー

没後100年 宮川香山

会期:2016/02/24~2016/04/17

サントリー美術館[東京都]

宮川香山(1842-1916)は江戸末期に生まれ、明治から大正にかけて活躍した陶芸家。陶器の表面に写実的な浮彫を装飾する「高浮彫」(たかうきぼり)という技法によって国内外から高く評価された。本展は、没後100年を記念して香山芸術の全容を紹介したもの。陶器や磁器など、併せて150点が展示された。
「高浮彫」の醍醐味は何より大胆かつ緻密な造形性である。花瓶の表面を蟹が這う《高取釉高浮彫蟹花瓶》(1916)や花瓶の外周を囲んだ桜の樹に鳩がとまる《高浮彫桜ニ群鳩大花瓶》(19世紀後期)など、思わず息を呑む造形ばかり。割れや縮みの恐れがあるにもかかわらず、いったいどうやって焼き締めたのか謎が深まるのである。
「描く」のではなく「焼く」こと。少なくとも陶器に関して、香山は動植物のイメージを器の表面に描くのではなく、器とそれらを一体化させた造形として焼くことで、その装飾世界を追究した。いや、より正確に言えば、香山の真骨頂は器と装飾の主従関係を転倒させるところにあった。
通常、焼き物の装飾は器というフォルムを彩るために施されており、いわばフォルムに従属している。だが宮川香山による造形物はいずれも装飾でありながら、それらは時として器のフォルムから大きく逸脱し、場合によってはフォルムを破壊することさえある。《高浮彫親子熊花瓶》(19世紀後期)は紅葉や枯れ草を描いた花瓶だが、表面の真ん中が大きく裂けており、その中に冬眠の準備に勤しむ親子の熊がいる。香山は器のフォルムをあえて破ることで、山中の穴蔵を表現してみせたのである。ここにおいて装飾は、もはや器という主人から解放され、むしろ器を従える主人の風格さえ漂っている。
そのもっとも典型的な現われが、《高浮彫長命茸採取大花瓶》(19世紀後期)である。断崖絶壁に生えた茸を命綱を頼りにしながら採集する光景を主題にしているが、その断崖絶壁の迫力を増したいがゆえに、極端に縦長の花瓶が選ばれているように思えてならない。おそらく香山にとって器という支持体は装飾的世界を根底から支える前提条件でありながら、表現を極限化させていくにしたがい、やがて装飾的世界を構成する一部に反転していったのではあるまいか。今日の私たちにとって宮川香山から学ぶべきものは、再現不可能とも言われる明治の超絶技巧に舌を巻くことだけではない。それは、器と装飾という二元論を結果的に止揚してしまうほど強力な表現の欲動にほかならない。

2016/03/24(木)(福住廉)

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今井祝雄 Retrospective─方形の時間

会期:2016/03/26~2016/04/23

アートコートギャラリー[大阪府]

1964年の個展「17才の証言」でデビューし、具体美術協会のメンバーになって、以後、絵画、写真、映像、パフォーマンス、インスタレーションなど多彩な作品を発表してきた今井祝雄。近年は海外でも評価が高まっている彼の、1970年代後半から80年代前半の作品を紹介したのが本展だ。当時、今井は「時間」をテーマに制作を行なっていたが、本展ではそれらのなかから、《八分の六拍子》や《時間の風景/阿倍野筋2~7》といった写真作品、テレビの画像をトレーシングペーパーに写し取った《映像による素描─A1》、オープンリールのテープとデッキなどを駆使したパフォーマンス&インスタレーション《方形の時間2》(1984年作品の再制作)などが展示された。いずれも30~40年前の時代の空気を体現する貴重な作例だ。レアな機会を与えてくれた今井と画廊に感謝したい。

2016/03/29(火)(小吹隆文)

舘正明 sign

会期:2016/03/29~2016/04/10

ギャラリー恵風[京都府]

色面と幾何学形態からなる舘正明の染色作品。ミニマル絵画のようなクールなたたずまいが特徴で、見ているこちらも居住まいを正してしまう。制作法はとてもシンプルで、刷毛に防染のロウをつけて規則的に塗るだけである。例えば正方形の場合、同じ幅で3段重ねにロウを塗るという具合だ。しかし、ロウになんらかの仕掛けを施しているのであろう。防染が完全ではなく、染料が薄っすら滲むことで地色とは異なる複雑なまだら模様の色面がつくられる。使用する染料は1作品あたり2色程度と少ないが、それでも深みのある豊かな色彩を表現しているのだから見事だ。以前から質の高い作品をつくる作家だと思っていたが、本展で改めてその完成度の高さを実感した。

2016/04/01(金)(小吹隆文)

ぼくと戦争─小池仁戦争体験画展

会期:2016/02/24~2016/04/10

東京大空襲・戦災資料センター2階[東京都]

東京大空襲・戦災資料センターは文字どおり東京大空襲の記録と記憶を伝えるため、2002年に開館した民立民営の施設。場所は地下鉄住吉駅から徒歩15分ほどの江東区北砂。会場はギャラリーというより多目的スペースで、椅子が並んでいたりピアノが置いてあったり、ほかの人の絵や戦災資料なども展示してあるので、どこからどこまでが小池仁の作品かわかりづらい。ここでは作家性や固有名より、戦災体験の記憶と記録を伝えることが重要なのだ。小池の作品は100号前後の大作7点と、A4の紙に描いたスケッチが30点ほど。スケッチは、昨年自費出版した画文集『戦争をしてはならない本当の理由』の原画だという。この出版を機に展覧会を開くことになったようだが、展示のメインはやっぱり油絵の大作7点だ。東京大空襲の被災地・被害者を描いた《焼跡の少年》《燃える人》《1945. 3. 10 TOKYO》などのほか、日の丸を背景に昭和天皇らしき軍服姿の二人の人物を描いた《3月18日のドンキホーテ》と題する作品もある。3月18日(1945)というのは天皇が東京大空襲の焼跡を視察した日だが、事前に死体は片づけられていたというから、その隠蔽工作を皮肉ったものだろう。いずれも主題は重いが、絵柄は表現主義風あり、抽象風あり、キュビスム風?ありと多彩。いろいろ試してみたというより、ひとつのスタイルでは描ききれないほど重く、複雑な体験だったということかもしれない。しかもすべて2000年以降の制作というから、戦後50年以上たたなければ絵にすることさえできなかったということだ。

2016/04/01(金)(村田真)

國府理展 「オマージュ相対温室」

会期:2016/03/07~2016/05/09

ギャラリーエークワッド[東京都]

北砂からトボトボ南下すること約20分、新砂にある竹中工務店のギャラリーエークワッドへ。2年前、国際芸術センター青森での展覧会中に事故で亡くなった國府理(享年44)の、その最後の展示「相対温室」をできるだけ忠実に再現している。國府は自動車や自転車やプロペラなどに関心を寄せ、動く作品や自然を採り込んだエコロジカルなアートを試みてきたアーティスト(どうやら作品に使った自動車の排気ガスが死因らしい)。メインの作品は、2メートルほどの高さに置かれた水槽から木の樋をつないで水を流し、円形の水盤で受けて再び水槽に戻すという循環系のインスタレーション。樋にも水盤にも土や砂利が盛られ、コケや雑草が生えている。ギャラリーのサイズが違うので必ずしも厳密な再現ではないが、それを差し引いてもちょっと不自然に思えたのは、青森ではカーブしたギャラリーに合わせて樋も弧を描いていたのに、ここでは直線(長方形)の空間にもかかわらず樋が弧を描いていることだ(しかも弧の向きが逆)。青森ヴァージョンに忠実なら弧を描くべきだが、もし作者自身が再現するとしたらこうはならなかったのではないか。というか、本人不在のもと別の空間で再現されるなど考えもしなかったはず。そう考えると複雑な気分になる。ほかに、隣室には自動車の内部を冷蔵庫に見立てた作品、屋外には巨大な温室を出品。

2016/04/01(金)(村田真)

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