artscapeレビュー

大島洋「幸運の町・三閉伊」「そして三閉伊」

2015年08月15日号

会期:2015/06/30~2015/07/14

銀座ニコンサロン/新宿ニコンサロン[東京都]

大島洋は、今年、長く教鞭をとってきた九州産業大学芸術学部写真映像学科を退任した。写真家、教育者としての区切りの時を迎えたわけで、今回の銀座ニコンサロン、新宿ニコンサロンでほぼ同時期に開催された個展は、それにふさわしい充実した内容の展示だった。
銀座ニコンサロンの「幸運の町・三閉伊」は、1987年に刊行された写真集『幸運の町』(写真公園林)に収録された写真から、44点を選んで再構成している。エリ・ヴィーゼルの同名の小説からタイトルをとったという『幸運の町』は、「幸運の町」、「三閉伊」、「春と修羅」の3部構成で、まだ写真家の道に進む前の1950年代から80年代まで、長いスパンの間に撮影された写真がおさめられている。その中核となっているのが、岩手県三閉伊地方(上閉伊郡、下閉伊郡、九戸郡)を撮影した写真群で、江戸時代にはこのあたりで大規模な農民一揆が起こったのだという。厳しい風土だが、不思議な明るさが混じり合うこの地方の風景、人物がストレートな眼差しで捉えられ、自伝的な内容を持つ他のパートと響き合って見事なハーモニーを奏でる。まさに代表作にふさわしいシリーズであることを、今回あらためて確認することができた。
2011年の東日本大震災では、三閉伊も大きな被害を受けた。大島は「津波で町や集落の姿が失われても、あるいは大きなダメージを免れることができた地域であっても、三閉伊を隔てなく歩き、隔てなく撮らないわけにはいかない」と思い定め、カラー写真で震災後の状況を記録する作業を開始する。そこから60点余りを展示したのが、新宿ニコンサロンの「そして三閉伊」展である。距離を置いて、あくまでも冷静に撮影した写真群だが、その中の、震災直後の生々しい傷跡が残る写真はやや小さめにプリントして2段に並べた所に、「作品化したくなかった」という思いが滲み出ているように感じた。二つの写真展の同時開催によって、過去と現在とが接続する、より膨らみのある展示が実現できたのではないだろうか。なお、本展は9月3日~9日に大阪ニコンサロン及びニコンサロンbis大阪に巡回する。
銀座ニコンサロン:2015年7月1日~14日
新宿ニコンサロン:2015年6月30日~7月13日

2015/07/02(木)(飯沢耕太郎)

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