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artscapeレビュー

Slice Pack

2015年08月15日号

会期:2015/07/07~2015/07/18

Galerie 16[京都府]

ともに写真画像を素材として用い、描画や転写といった手作業を介在させることで、イメージの変容と認識のあり方について問う、荒井理行と楠本孝美による二人展。
荒井は、写真を画面の上に貼り付け、その周囲を想像して余白に写実的な光景を描き込んでいく絵画作品を制作してきた。出品作では、横長のパノラマ画面上に、ミレーの《落穂拾い》の複製画像、ベトナム戦争での虐殺事件のドキュメンタリー写真、草原を歩く狩猟者を写した写真、ウィンドウズの標準的なデスクトップ画面(おなじみの青空と草原)、テレビドラマ「大草原の小さな家」の静止画像(草原を駈けていく少女たち)といった様々な画像が集められ、画像同士の間の空白がつながるように、緑や茶褐色の草原、小川、木々の描写で埋められていく。貼り付けられた画像は、絵画/写真/PC画面/TV画面といったソースも、事実の記録/フィクションといった区別もバラバラで意味的な連関も見いだせないが、唯一、「草原」という共通項だけでつながりを保っている。そのランダム感や見境の無さは、「草原」という検索ワードをかけて収集した時の、Google画像検索結果の表示に近い。
写真=「現実」、絵画=「虚構」という分かりやすい図式はもはや成立しない。荒井の作品が提示するのは、写真=リアルな対応物が外界に存在するのではなく、写真はもはや「画像」として検索・収集対象と化し、その際に打ち込んだ検索ワードやタグによっていかようにも接続可能な存在であるということだ。検索ワードやタグによって自在に結び付けられ、かつ組み換え可能であること、つまり関連の恣意性によって、画像同士の「間」「距離」には無数の「物語」が発生する。描画と地続きの存在として扱われたそれらの画像は、周囲に描かれたイメージと「同等」なほどにフィクショナルな存在であることを示している。そして私たちが身を置くそうした画像環境では、凄惨な虐殺の報道写真もつくられた映像も無邪気で多幸感溢れる写真も「等価」であり、並列化されているのだ。
一方、楠本は、複数の写真を幾何学的にコラージュした画面をシリコンに転写した平面作品を発表。過去の写真作品でも、矩形の色面の反復や斜線の反復・交差など、日常的な光景の中で、本来は関連のない物体同士が見せる形態的反響やリズミカルな構成を捉えていたが、発表作では、そうしたスナップショットからコラージュへと移行。画像をぼかす、帯状に切断した写真同士を接合する、無関係な写真の上に重ねるといった加工や操作を施されて出来た画面は、シリコンに転写され、さらに表面に切れ込みや破れ目が入れられて、白い下地が露出する。楠本の作品は、二重、三重の介入を受けた画像を再び物質性へと送り返すことで、イメージの形態と認識、イメージと物質性とが錯綜した状況を作り上げていた。

2015/07/12(日)(高嶋慈)

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