artscapeレビュー

井村一巴「physical address」

2015年08月15日号

会期:2015/06/23~2015/07/12

みうらじろうギャラリー[東京都]

井村一巴の作品は、「ピン・スクラッチング」というユニークな手法で制作されている。モノクロームのプリントの表面を、虫ピンのようなもので引っ掻いて、微かな傷をつけていく。元になっている写真のほとんどはセルフポートレート(ヌード)で、漆黒の闇から身体の輪郭が浮かび上がってきている。その繊細な陰翳の描写と、スクラッチによって生み出されていく蜘蛛の巣の網目やプランクトンのような有機的なかたちとが、絡み合いつつ増殖して、静謐だが深みのあるイメージの小宇宙があらわれてくるのだ。同じネガからプリントしたり、裏焼きしたりした写真も使われているが、スクラッチのやり方でまったく違う作品として成立しているのも興味深かった。
今回展示されたのは2008~15年に制作された26点だが、近作になるにつれて、技法的に洗練され、内容的にも成熟してきているように感じられた。「絹の糸」(2014年)、「春の雪」(同年)のような、80×30センチという「大作」もあるが、大部分はサイズの小さな「小品」である。だが、井村の作品世界にふさわしいのは、むしろ「小さい」作品のようにも思える。「小視症」(2013年)というのはいいタイトルだが、他にもこのタイトルにふさわしい作品がたくさんあった。また、最近では「ピン・スクラッチング」だけでなく、鉛筆のドローイングと写真をコラージュした作品も制作しはじめている。こちらは、より自由にイメージを展開できるので、作品が別な方向に広がっていく可能性を感じた。

2015/07/09(木)(飯沢耕太郎)

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