2019年06月15日号
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artscapeレビュー

インベカヲリ★「誰かのためではなく」

2015年08月15日号

会期:2015/07/24~2015/08/09

神保町画廊[東京都]

インベカヲリ★の東京・神田の神保町画廊での展示は、新作、旧作とりまぜて22点。それぞれの写真にタイトル(あるいはキャプション)がついている。今回の新作でいえば、「目が見えないから何でも口に入れちゃう怪獣」、「私は普通の人です、普通になりたい普通の人です」、「ハイソサエティは息がしやすい」、「誰かのためでなく」という具合だ。だがこれらの言葉が、写真の内容とどのように関係しているのかは、ぱっと見ただけではわからない。
たとえば、展示ケースのようなものの中にオールヌードの女の子が入っている写真には、「目が見えないから何でも口に入れちゃう怪獣」というタイトルがついている。こういうタイトルは、インベとモデルの女性たちとの話し合いを経て決まっていくようだ。インベ自身の手記「わたしを撮ってください 自分を見失った女性たち」(『新潮45』2015年8月号)によれば、彼女の撮影は「話を聞く」ことから始まる。「写真は被写体にとっても「表現手段」だから、写真を通して語りたいことがあるだろうし、日常生活で抑圧されている何かがあるから表現衝動が起きるのだろうと思う。そうした動機を質問しながら引き出していくことが、撮影をする上で必要な過程になる」というのだ。その結果として、「ちゃんとしよう」という意識に囚われ、感情を抑圧している女性は「水の入った容器に一人ポツンととどまっている」姿で撮影され、「雨に住む人」というタイトルが与えられた。また「赤い水」というタイトルの作品は、少女時代を母子寮で過ごし、「毎日、母親から赤い水をぶっかけられてるみたい」と感じていた女性のポートレートだ。
このような、それぞれの写真の背後の潜んでいるストーリーは、タイトルで暗示されているだけなので、ストレートに観客に届いてこない。たしかに、あまりにもバックグラウンドを語り過ぎると、写真を見る時の想像力が固定されてしまうということになりかねない。だが、逆に今のままでは、インベとモデルたちとの共同制作のプロセスの、スリリングな面白さが抜け落ちてしまう。そのあたりを微妙にコントロールしつつ、最終的な写真と言葉の関係のあり方を構築していってほしいものだ。

2015/07/24(金)(飯沢耕太郎)

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