artscapeレビュー

入江泰吉/阿部淳/近藤斉「モノクロスナップ写真の魅力」

2015年08月15日号

会期:2015/07/04~2015/08/30

入江泰吉記念奈良市写真美術館[奈良県]

奈良市写真美術館は、大和路の風景・仏像を撮り続けた入江泰吉(1905~92)の業績を記念して、1992年に奈良市高畑地区に開館した写真美術館。入江の作品、約8万点を所蔵・公開している。ただ、他の個人写真美術館と同様に、開館後20年以上たつと施設が老朽化し、予算も削られて、運営がむずかしくなりつつあった。そんな中で、今年4月に百々俊二が館長に就任した。百々は長くビジュアルアーツ専門学校・大阪の校長を務め、写真家としても実績を残している。その彼が、最初に手がけた展覧会が、今回の「モノクロスナップ写真の魅力」展である。
入江泰吉は、1950~60年代にかなり多くの奈良市周辺のスナップ写真を撮影している。主にライカM3で撮影されたそれらの写真は、しっかりとしたフレーミング、巧みな光と影の配分に特徴があり、「戦後」の空気感をいきいきと写しとっている。今回は「昭和大和のこども」をテーマに73点が展示されたが、そのうち15点は百々俊二があらためてプリントし直した未公開作だった。
阿部淳は1955年、近藤斉は1959年生まれで、どちらもビジュアルアーツ専門学校・大阪の前身である大阪写真専門学校を卒業している。学生時代から「モノクロスナップ写真」を続けてきたが、その作風はかなり違う。近藤の「民の町」のパートには、1981~2004年に大阪と神戸の路上で撮影された写真が並んでいた。地域性、時代性にこだわりつつ、人と街とのかかわりをダイナミックに写しとっていく。撮影を通じて「カメラを持つことでしか見えてこない世界」を浮かび上がらせていく指向性は、1960~70年代にリー・フリードランダーやゲイリー・ウィノグランドらが試みた「社会的風景」の探求に通じるものがある。
一方、阿部の「市民」には、地域性や時代性はほとんど感じられない。彼自身が「現実の現実感と夢の現実感が重なった所で写真を撮る」と書いているように、そこにあらわれてくるのは、あたかも夢遊病者の眼差しでとらえられたような、浮遊感をともなう断片的な光景だ。阿部の触手が、都市と、そこに蠢く人々の無意識の部分に伸ばされているようにも感じる。
同じ「モノクロスナップ写真」でも、まったく質感が違う3人の写真が共振する、とても面白い展示だった。近藤の写真は106点、阿部はなんと740点、入江の73点とあわせて919点という数は、むろん同館の企画では最大級だろう。入江泰吉の作品世界を追認していくだけではなく、これまであまり取り上げてこなかった若手写真家たちの作品を含めて、さらに新たな方向性が打ち出されていくことを期待したい。

2015/07/12(日)(飯沢耕太郎)

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