artscapeレビュー

2017年04月15日号のレビュー/プレビュー

「愛しきものへ 塩谷定好 1899─1988」

会期:2017/03/06~2017/05/08

島根県立美術館[島根県]

2016年の三鷹市美術ギャラリーでの展覧会「芸術写真の時代 塩谷定好展」に続いて、島根県松江市の島根県立美術館で「愛しきものへ 塩谷定好 1899─1988」展が開催されている。同美術館に寄贈された作品を中心に、7部構成、全313点という大回顧展である。大正末から昭和初期にかけての絵画的な「芸術写真」のつくり手として、塩谷が技術だけではなく高度な創作力においても、抜群の存在であったといえる。
今回、特に印象深かったのは、一枚のプリントを仕上げるにあたっての塩谷の恐るべき集中力である。『アサヒカメラ』(1926年6月号)掲載の「月例写真第4部」で米谷紅浪が一等に選んだ《漁村》は、彼の初期の代表作のひとつだが、島根半島の沖泊で撮影された、海辺の村の集落の俯瞰構図で捉えた写真のネガから、塩谷は何枚も繰り返しプリントを焼いている。それらの写真群は、印画紙を撓めて引き伸ばす「デフォルマシオン」や油絵具(塩谷はそれに蝋燭の煤を加えていた)で加筆する「描起こし」の手法を用いることによって、彼の理想のイメージに少しずつ近づけられ、ついに10年後に傑作《村の鳥瞰》として完成する。今回の展示は、塩谷のプリント制作プロセスが明確に浮かび上がってくるように構成されており、その息遣いが伝わってくるような臨場感を覚えた。この時代のピクトリアリズム(絵画主義)的な傾向は、1930年代以降に全否定されるのだが、もう一度見直すべき魅力が備わっていることは間違いない。日本の「芸術写真」の再評価を、さらに推し進めていくべきだろう。
塩谷が生まれ育った鳥取県赤碕(現・琴浦町)には、回船問屋だった生家を改装した塩谷定好写真記念館も2014年にオープンした。その近くの大山の麓の伯耆町には、よき後輩であった植田正治の作品を展示・収蔵する植田正治写真美術館もある。山陰の風土と彼らの写真との関係についても、再考していく必要がありそうだ。

2017/03/19(日)(飯沢耕太郎)

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鶴岡市立加茂水族館

鶴岡市立加茂水族館[山形県]

鶴岡市内から車で20分ほどの海岸沿いにある、クラゲの展示で知られる水族館。前半はふつうの水族館と変わらないが、後半はクラゲだけ、というか、クラゲだらけ。なんでクラゲかというと、想像だけど、たぶん近海でクラゲが大発生して漁業に被害をもたらしたんで、この厄介者を逆に見世物にして街おこししちゃおうじゃないかと、だれかが発案したに違いない。クラゲはいくらでも獲れるし。この発想で「ゴキブリ昆虫館」とか「雑草植物園」とかつくったら、けっこう話題になると思う。人は入らないと思うけど。ちなみにここのレストランではクラゲを使った定食やアイスも出すそうだ。イルカのショーをやる水族館でイルカ料理を出したら大問題になるけど、クラゲなら許されるのは差別ではないか?

2017/03/19(日)(村田真)

神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ2017 W.A.モーツァルト作曲 魔笛 全2幕

会期:2017/03/18~2017/03/19

神奈川県民ホール[神奈川県]

ともすれば、子どもだましで、コミカルな学芸会風の装置になりがちなこの演目に対し、闇と光、回転するリング群だけで構成された舞台美術は、驚くべきシンプルなものだが、佐東利恵子らのダンスとナレーションを増量している。おそらく正統なオペラファンには目障りかもしれないが、こうした実験がなければ、今回の演出にわざわざ勅使川原三郎を起用した意味がない。美しい舞台で、指揮や歌もよかった。

2017/03/19(日)(五十嵐太郎)

読響第94回みなとみらいホリデー名曲シリーズ

会期:2017/03/20

横浜みなとみらいホール[神奈川県]

下野竜也が読響で首席指揮を務める最後のコンサート@みなとみらい。プログラムが面白い。マニアックなフィリップ・グラスのミニマル・ミュージックと、彼の思い入れがあるドヴォルザーク「新世界より」の組み合わせだけでも変わっているが、冒頭とラストのおまけがパッヘルベルのカノンである。オーケストラで、こんなにベタ曲をと思いきや、最初のカノンの演奏では、低音を中心手前、高音を周囲に散らし、立体的な音空間をつくりあげる。そして、最後は順番に演奏者が増え、全員になると、今度は順に退場し、最後は誰もいなくなるという凝った演出だった。

2017/03/20(月)(五十嵐太郎)

周代焌 「Back To」

会期:2017/03/24~2017/04/02

BankARTスタジオNYK[神奈川県]

台北市と横浜市のアーティスト交流プログラムで横浜に滞在し、BankARTのスタジオで制作していた周さんの成果発表展。福島の原発事故に触発されたという想像上の災害場面を、ロープや有刺鉄線といった具体的イメージと抽象的な色と線の組み合わせで描いている。目を引くのは支持体で、基本キャンバスなのだが、大きめの作品は枠に張らず、四隅にハトメを入れて天井から吊るしているのだ。しかも隅が引っぱられて尖ってるようにカットしたりしていて、支持体をイメージの単なる置き場にするだけでなく、それ自体でなにごとかを語らせようとしているのだ。逆に、小さめの作品は5センチほどの厚みを持たせたり、10×140センチという超横長の画面にしたり、ありきたりのキャンバス画に抵抗を試みている。

2017/03/22(水)(村田真)

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