2021年09月15日号
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artscapeレビュー

2009年12月15日号のレビュー/プレビュー

大・開港展

会期:2009/09/19~2009/11/23

横浜美術館[神奈川県]

横浜港開港150年を記念する展覧会。サブタイトルに「徳川将軍家と幕末明治の美術」とあるように、お約束のペリーの肖像画やベアト撮影の写真、歌川(五雲亭)貞秀の横浜浮世絵はもちろん、横浜とは直接関係ない幕末・明治のビザールな美術工芸品もたんまり出ていてうれしい。高橋由一の《美人(花魁)》や、初代宮川香山のスーパーリアリズム高浮彫陶器もある。珍しいのは最後の将軍徳川慶喜の描いた油絵(由一より早い!)と、慶喜をはじめとする徳川家を描いた川村清雄の肖像画。川村は幕府御庭番(庭掃除をするのか)を務めた旗本の家に生まれたため徳川家とつながりがあり、勝海舟が将軍の肖像画制作を斡旋したという。こりゃ開国博よりずっとおもしろいしタメになる。って開国博は見なかったけど。

2009/11/02(月)(村田真)

エマージング・ディレクターズ・アートフェア「ULTRA002」

会期:2009/10/29~2009/11/03

スパイラル[東京都]

画廊単位ではなく、まだ自分の店をもたない若手ディレクターが個人単位で出展するアートフェア。タイトルの「002」は2回目の意味だろう。3ケタだから最低100回、最高999回までやる気か。無料ゾーンを一巡して、ディレクターも出品作家も8割方知らないことに愕然とする。完全に置いてけぼり状態。有料のホールに入ろうと招待状を出したら、それはオープニングの招待状なので1,000円払わなければならないといわれ、とぼとぼ帰りました。

2009/11/03(火)(村田真)

第10回SICFグランプリ:酒井翠「にっき」展

会期:2009/10/29~2009/11/03

スパイラルショウケース[東京都]

毎日1箱のクレヨンを使って絵日記を書くのだが、書かれた日記でなく、使い残したクレヨンのほうを見せている。だからどの色のクレヨンが短かくなってるかで、どの季節にどんな絵が描かれたかが少しは想像できるかもしれない。とはいえ、そんなクレヨンを何十箱も並べたところで変わりばえしないので、2~3カ月もするとクレヨン自体にいろいろ細工をするようになる。クレヨンの色の配置を変えたり、クレヨン本体に文字を書いたり、クレヨンを箱ごとコピーしたものを展示したり、といったように。このように作者本人も予測しなかったような見せ方の飛躍や変化のほうに、むしろ興味をそそられる。もちろんそれも含めて作者の計画だったのかもしれないが。ほかに、毎日1本のカセットテープに録音した作者の言葉を再生する「声日記」も。

2009/11/03(火)(村田真)

ニュータウンピクニック

会期:2009/10/20~2009/11/07

大塚・歳勝土遺跡公園+横浜市歴史博物館+都筑民家園[神奈川県]

遺跡公園と民家園を舞台にした展覧会。公園には竪穴住居がいくつか復元されているが、画期的なのは住居内にも作品が展示されてること。遺跡目当てに訪れた人は、古代住居に現代美術が上書きされてるのを見て驚くんじゃないかしら。こんなことができるのも、近くの歴史博物館が主催に加わっているからこそ。もちろん竪穴住居がレプリカだからというのもあるが。でも残念ながら、作品の多くはせっかくのロケーションを生かしきれてない。むしろ竪穴住居の外にすぐれた作品が見られた。何十本もの傘をシェルター状に組んで現代の竪穴住居にした今井紀彰、人型の穴を掘って脇に一升瓶を置き(実際に本人が酒を飲んで寝たらしい)、弥生時代の酔っ払いの遺跡にした開発好明、公園の何カ所かに望遠鏡みたいな筒を設置してのぞき心をくすぐる大谷俊一、歴史博物館の屋上に博物館から引っぱり出してきた標本箱でインスタレーションした久村卓などだ。

2009/11/03(火)(村田真)

セバスチャン・サルガド「AFRICA」

会期:2009/10/24~2009/12/13

東京都写真美術館 2階展示室[東京都]

僕は1979年以来、ケニア・タンザニアを中心に東アフリカを何度も訪れている。通算の滞在期間は1年以上になるだろう。まだ個人的な趣味の範疇だが、そのうちスワヒリ文化を中心として何か書いてみたいとも思っている。だから、他の人よりは多少アフリカについて語る資格はあると思う。
結論的にいえば、セバスチャン・サルガドの「AFRICA」はアフリカではない。そこにあるのは壮大な自然と虐殺や飢餓の悲惨な状況だけで、その「間」が完全に欠落しているからだ。モノクロームの大きな写真は、例によって完璧な構図、ドラマチックな躍動感にあふれており、観客を引き込む力を備えている。サルガドのアフリカの人びとに対する善意、このような写真を通じてこれ以上の環境の悪化や貧困を食い止めたいという意志も充分に伝わってくる。にもかかわらず、肝心のそこに生きている人々の生の手触りがまったくというほど見えてこない写真は、ある種の誤解を引き起こしてしまうのではないだろうか。被写体と観客との間に横たわる大きなギャップ(実際にはそれだけでもない)のみが強調されてしまうからだ。
もう一つ感じたのは、たとえばルアンダの内戦を扱う場合、旧植民地時代から支配者の手先の役目を果たしてきたツチ族と、多数派のフツ族との複雑にねじ曲がった歴史を、キャプションの段階できちんと伝えないと、虐殺や難民化がなぜ起きたかが理解されず、単純に悲劇的な出来事として片付けられてしまうのではないかということだ。われわれはあまりにも簡単に「アフリカ」と一括りにしてしまいがちだが、北のイスラム圏と南のブラック・アフリカ、旧イギリス植民地の東アフリカとフランス植民地の西アフリカでは、歴史も文化も社会的な慣習もまったく違っている。しかもアフリカ諸国はモザイク状の部族社会の集合体であり、同じ国でも言葉が通じないというようなことはざらにある。残念なことに、サルガドの展覧会はそのあたりについての配慮を決定的に欠いている。会場の狭さとか、キャプションの翻訳とかの問題では片付けられない、基本的な鈍感さがそこにあるのではないかとすら疑ってしまう。

2009/11/06(金)(飯沢耕太郎)

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