2021年09月15日号
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artscapeレビュー

後藤靖香「かくかくしかじか」

2015年10月15日号

会期:2015/09/04~2015/10/03

TEZUKAYAMA GALLERY[大阪府]

1982年生まれの後藤靖香はこれまで、第二次世界大戦に従軍した若者たちの群像を、墨を用いた力強い描線とマンガ的表現を用いて、巨大なキャンバスに描いてきた。その出発点には、祖母から聞いた祖父や大叔父の戦争体験や残された資料など、彼女自身の家族史への関心がある。近年は、かつての造船所や活版印刷所など、展示場所となった場所の歴史に取材し、造船技師や活字拾いとして働く青年・少年たちを同様の手法で描き、戦争という極点のみならず、日本の近代を支えた無名の男性たちの肖像と彼らにまつわる物語を、ヒロイックなスケールで絵画化している。とりわけ、後藤の作品では、劇画調のマンガの表現スタイルで、個性あふれる表情豊かな顔貌が生き生きと描かれることで、現代から隔たった「遠い事象」ではなく、血肉の通った親しみやすさを覚える人物たちの織りなす「物語の回復」がなされている。
今回の個展では、藤田嗣治、宮本三郎、小磯良平、鶴田吾郎といった従軍画家、一兵士として従軍した岡本太郎、そして松本竣介など、戦時中の画家たちのエピソードに焦点が当てられている。創作意欲に燃える従軍画家たちとは対照的に、上官からビンタを喰らった太郎の姿は、厭戦感を通り越して達観すら漂わせる。何かを問いかけるような静かな眼差しで両手を差し出す竣介。大作の《モディリアーニの古釘》では、二対のキャンバスにそれぞれ、藤田と宮本のデフォルメを効かせた全身像が描かれる。藤田がモンパルナス時代にモディリアーニからお守りとして託された古釘の代わりに、陸軍から派遣されたシンガポールの飛行場で、宮本とともに古釘を探す一場面である。藤田とモディリアーニ、藤田と宮本という二組の画家の友情譚が、躍動感あふれる大画面に内包されている。
このように後藤の作品では、一枚の絵画の中に凝縮された「ストーリー」を、資料や文献などの綿密なリサーチが支えている。それらを、マンガ的表現、つまり視覚的記号によって他と区別され、性格づけを与えられた「キャラクター」を用いて、大胆な省略やデフォルメを駆使し、象徴的なシーンの「大ゴマ」として切り取り、見る者を圧倒する大画面に描くことで、物語の回復が目指される。ここで、マンガがジェンダー区分と不可分なメディアであることに留意したい。「マンガ的」と評される後藤の表現スタイルは、激しい効果線・集中線やダイナミックな擬音こそないものの、特に劇画からの影響が濃厚であり、太く荒々しい線描で、鋭い眼光や太い眉毛をもった、漢くさい男性ばかりを描いている。そこには、厳しい状況下にもかかわらず、強い意志を持った「理想の男性像」の投影がなされていると解釈できるだろう。だが、そうした理想像の投影を超えて、「戦争」が「男性(が主人公)の物語」として生産・受容されてきたことを、戦後大いに発展したマンガ(少年・青年向けマンガ)の表現スタイルそれ自体を用いてあぶり出している点に、現代に生きる女性画家である後藤の作品の批評性があると言える。

2015/09/15(火)(高嶋慈)

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