2020年04月01日号
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artscapeレビュー

2013年08月15日号のレビュー/プレビュー

東松照明『Make』

発行所:SUPER LABO

発行日:2013年5月

写真の本質は「Take」(撮ること)なのか、それとも「Make」(作ること)なのか。そんな議論が話題を集めたのは1980年代、「コンストラクテッド・フォト」とか「ステージド・フォト」とか称される、あらかじめセットを組んだり、場面を演出したりして撮影するスタイルがいっせいに登場してきた時期だった。「Take か、Makeか?」という二者選択として論じられることが多いが、必ずしもそうとは言えないことが、この写真集を見ているとよくわかる。というより東松照明は、そのスタートの時期から「Take」と「Make」を混在させたり、行き来したりする操作をごく自然体でおこなうことができる写真家だった。何しろ、彼のデビュー作である愛知大学写真部の展覧会に出品された「皮肉な誕生」(1950)や「残酷な花嫁」(同)が、すでに「Make」の要素をたっぷりと含んだ作品だったのだ。
それから2000年代に至るまで、東松は倦むことなく「Make」作品を制作し続けた。「ニュー・ワールド・マップ」(1992~93)、「ゴールデン・マッシュルーム」(1988~89)、「キャラクターP」(1994~)など、見るからに「Make」的な作品もあるが、「プラスチックス」(1988~89)などは、見た目は「Take」の写真に思える。ただこうしてみると、彼の写真家としての体質の根源的な部分に「Make」への衝動があり、それが何か大きな転機をもたらすきっかけになっていたことは間違いないと思う。
本書は東松が生前から企画し、作品の選択や構成も自分で決めていたのだという。用意周到というしかない。むしろ若い世代の写真家たちにとって、東松照明を新たな角度から見直す、いい機会になるのではないだろうか。

2013/07/24(水)(飯沢耕太郎)

上出惠悟「楽園創造──芸術と日常の新地平」

会期:2013/07/13~2013/08/24

ギャラリーαM[東京都]

事前情報なしで行ってみたら陶磁器が並んでいたので面食らう。もちろんたんなる伝統工芸でもなければ実用品でもない。たとえば真っ白いバナナが紋(商標?)入りで焼かれていたり、花柄の割れた皿を金継ぎで再生して富士山の輪郭を浮かび上がらせたり、磁器の表面にアラビア文字を書いてみたり、釉薬が表現主義絵画のように下まで流れ落ちていたり。古今東西を混淆させ、絵画と陶芸の垣根を取っ払いつつ、実用品として使えないこともないというヌエのような作品。まさに日本的? 作者は九谷焼窯元・上出長右衛門窯の6代目で、東京藝大の油画科で学んだ経歴をもつ。

2013/07/25(木)(村田真)

片山博文「Facts in Flatness」

会期:2013/07/05~2013/08/03

タロウナス[東京都]

つまらない日常風景を撮った退屈なスナップ写真。のように見えるけど、かすかにどこかが変だと感じる。この違和感、巧妙なスーパーリアリズム絵画を見たときに感じる「ズレ」に近い。写真そっくりなんだけど線や面がきれいすぎて「ひょっとしてニセモノ?」と疑う感じ。実際、片山はCGで「ニセモノ」の写真をつくり出している。解説によると、画素で構成されるペイント系ソフトではなく、ベクトルデータで構成されるドロー系ソフトを用いてデータ化されているため、拡大し続けても画素(ドット)が現われず、イメージが失われないという。理論はさっぱりわからないが、その効果は見ればわかる。線や面の不自然なほどのなめらかさは、ベクトルデータの集合体として再現されているからなのだ。しかしそんな高度なテクノロジーを用いながら、描かれているのがありふれた都市風景である点に新たな違和感を覚える。でも実はそこに作者の問題意識があるはずだ。つまりどこにでも見られる風景にこそ現実と非現実との見えないミゾを感じるべきだと。その意味でこれらの作品は写真でもCGでもなく、都市論に属するのかもしれない。ちょうどスーパーリアリズム絵画がいわゆる具象画の範疇に入れられず、主題の選び方からポップアートに分類されるのと似ている。

2013/07/25(木)(村田真)

画廊からの発言 新世代への視点2013

会期:2013/07/22~2013/08/03

ギャラリイK+ギャラリーQ+ギャラリー現+コバヤシ画廊+ギャラリー58+ガルリソル+なびす画廊+藍画廊+ギャラリーなつか+ギャラリー川船+ギャルリー東京ユマニテ[東京都]

銀座・京橋界隈の12軒の画廊が、それぞれ推薦する若手作家の個展を同時開催する毎年恒例のサバイバルゲーム。作家にとっても画廊にとってもサバイバルであると同時に、見る側にとっても猛暑のなかコンクリートジャングルを巡り歩く過酷なサバイバルゲームなのだ。年を重ねるにつれますますツラくなる。そんな命を賭してまで見る価値があったかといえば、そんなものはない。というより、そんなことを期待すべきではないといっておこう。そもそも価値のないものに命を賭すのがアートの流儀というもんだし。今日見たのは計11軒。作品をジャンル分けすれば、絵画(タブロー)が6、版画が1、彫刻が3、インスタレーションが1という内訳。ほどよく分かれておるな。一色映理子(ギャラリーQ)は赤ちゃんばかり大まかなタッチでサラリと描き、庄子和宏(コバヤシ画廊)は大画面に身近な風景を暗い色調で表わし、鈴木俊輔(なびす画廊)は絵具を塗り重ねてクレーを思わせる抽象風景に仕上げている。谷口嘉(ギャラリー現)は旗のようにガラス片をつけたガラス棒を50本くらい床に立て、上根拓馬(ガルリ ソル)は古今東西出自不明の甲冑姿のフィギュアを公開し、村上佳奈子(ギャラリー川船)は1本の木からウネウネ渦巻く棒を彫り出している。各画廊の趣味が反映された人選といえる。

2013/07/25(木)(村田真)

“開発も”新世代への視点2013

会期:2013/07/22~2013/08/03

ギャラリーなつか[東京都]

かつて「新世代への視点」に選ばれた開発好明が20代の若手作家12人を選んだ、いわば「開発からの発言 もっと新世代への視点」。同展に参加する12画廊の展示室を20分の1のマケットにして、そこに地主林太郎、寺井絢香、灰原千晶、吉野ももらが作品を発表している(女性が大半を占めるのは近年の傾向だが、開発の趣味もあるだろう)。この企画が今日見たなかで一番おもしろかった。これはOB開発の「新世代への視点」に対するエールともいえる反面、狭い貸し画廊に対する痛烈な批評と見ることもできる。作品は20分の1のマケットにつくるという縛りがあるため、必ずしも各作家の持ち味が発揮されてるわけではないが、彼らにとっては「新世代への視点」に選ばれるためのトレーニングにもなるはず。別に選ばれなくてもいい?

2013/07/25(木)(村田真)

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