artscapeレビュー

2012年03月15日号のレビュー/プレビュー

『ニーチェの馬』トークショー

会期:2012/02/19

シアター・イメージフォーラム[東京都]

トークのために、劇場にて鑑賞した。前はコメントを寄稿するため、DVDだったが、これは「映画館」で見るべき作品である。上映終了後、再び光に包まれる劇場の意味は家では絶対にわからない。また絶えず吹きすさぶ強風も大きな画面が必要だ。鑑賞しながら、長回しを時計で確認したが、ワンカット平均5、6分だった。実際、2時間半で30カットらしいので、計算通りである。『ニーチェの馬』は日常の反復を描くが、じゃがいもを素手で食べるシーン。1日目は父、2日目は娘を中心に映し、3日目は窓側から2人を、5日間は室内側から2人を、そして6日目は……という風に、反復しながら、状況に合わせて変容していく。繰り返される窓の外を眺めるシーンも、四日目に初めて屋外側から映すのも興味深い。家に閉じ込められているかのようだ。これは窓映画である。タル・ベーラの『ヴェルクマイスター・ハーモニー』や『倫敦から来た男』にも類似したショットはある。前者はそれ以外にも開口の人影の印象的なシーン、後者は窓まわりの光と影の美しい効果を表現しているが、『ニーチェの馬』がもっとも窓の実在を考えさせる。

2012/02/19(日)(五十嵐太郎)

石子順造的世界──美術発・マンガ経由・キッチュ行

会期:2011/12/10~2012/02/26

府中市美術館[東京都]

60~70年代に美術だけでなく漫画やキッチュといったサブカルチャー批評にも手を広げ、オタクやネオポップの蔓延した近年、再び注目を集めている石子順造(1928-77)にスポットを当てた展覧会。会場は「美術」「マンガ」「キッチュ」の3つに分かれ、まず「美術」は、池田龍雄、赤瀬川原平、横尾忠則ら石子が評価した作家の作品と、1968年に中原佑介とともに企画に加わった「トリックス・アンド・ヴィジョン展」の再現から成り立っている。とくに「トリックス・アンド・ヴィジョン展」はいまや伝説的な展覧会といわれ、意外な作家の意外な作品も出ていて、よく集めたもんだと感心する。次の「マンガ」は一室全体がつげ義春の「ねじ式」の原画展示にあてがわれ、隣室で当時のほかの劇画も紹介してはいるものの、漫画といえばあたかも「ねじ式」が代表といわんばかりの扱いだ。つげ義春や「ねじ式」を知らない者はなにごとかと思うだろう。ちなみに「トリックス・アンド・ヴィジョン」も「ねじ式」も1968年の事象。最後の「キッチュ」は、銭湯のペンキ絵やエナメル板の広告、造花や花輪、モナリザや1万円札の模造品、食品サンプル、大漁旗といったポップな品々を集めていて、時代を超えて楽しめるのはここだろう。サブタイトルには「美術発・マンガ経由・キッチュ行」とあり、美術はキッチュという最終到達地に行きつくための出発点にすぎないとも読めるが、それもいまとなっては納得できる。

2012/02/19(日)(村田真)

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難波田史男の15年

会期:2012/01/14~2012/03/25

東京オペラシティアートギャラリー[東京都]

難波田史男は1974年に32歳の若さで夭逝した画家。同展には10代の終わりから晩年まで約240点が展示されている。ざっと見て気がつくのは、最初期を除いてスタイルがほとんど変わらなかったこと。もちろんわずかながら変化は見られるものの、基本的に紙にインクと水彩でクレーのできそこないみたいな半抽象画を10年以上描き続けた。それがわからない。20代という多感でエネルギッシュな年代に、延々と紙に似たり寄ったりの絵をチョロチョロと描き続ける意図が理解できない。端的にいえば、なぜキャンヴァスに油絵を描かなかったのかということだ。別に油絵のほうがエライとはいわないが、少なくとも吹けば飛ぶようなペラペラの紙より恒久性があり、確固とした存在感があるのはたしかだろう。紙しか選択肢がなかったなら話は別だが、家庭的にもごく身近に油彩の画材はあったはず。あ、だからなのか。ごく身近に超えられない油彩画家がいたから、自分は同じ道を回避してあえて脆弱な素材にこだわったのか。だとしたら相当の屈折と葛藤があったに違いない。階上のコレクション展をのぞくと、ここにも史男の絵が3点かけられているのだが、その横にはオヤジ龍起の硬質なマチエールの抽象画も並んでいる。両者を見比べてみると、物質的にも構造的にも強度の違いは明らかだ。

2012/02/19(日)(村田真)

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project N 48 佐藤翠

会期:2012/01/14~2012/03/25

東京オペラシティアートギャラリー[東京都]

難波田史男とオペラシティのコレクションを見た後でここにたどりつくと、20世紀と21世紀の日本の絵画がどれほど変わったかを実感できる。クローゼットやシューズラックは以前からのモチーフだが、とくにシューズラックの正面から見た構図と靴の配置、藤色を主体とした絶妙な色彩、地と図のせめぎ合いなどはすばらしいというほかない。もっと驚いたのは、木枠に張らない綿布に装飾的な抽象パターンを描いた作品。これはなにかと思ったらカーペットではないか。織物のカーペットを綿布に描くという自己言及的な行為もさることながら(これは具象か抽象か)、複雑に入り組んだペルシャ絨毯の文様を薄く溶いた絵具でホイホイこなしていく(という形容もなんだが)度胸とセンスには舌を巻く。木枠に張ってないのはこれが「カーペット」だからだが、なかでも1辺2メートルを超す正方形の作品はパリ滞在中につくったものなので、運搬しやすいように綿布のままにしたらしい。だとすればこの絵は、絵画の内容と形式と制作の条件がすべて一致したところで成り立っていることになる。史男くんには悪いが、もうこれだけで見に来た甲斐があったというものだ。

2012/02/19(日)(村田真)

ザ・タワー──都市と塔のものがたり

会期:2012/02/21~2012/05/06

江戸東京博物館[東京都]

高所恐怖症にもかかわらず高いところに上ったり見下ろしたりするのが大好き、という心理は自分でもよく理解できないが、とりあえず新しい街を訪れたらいちばん高いところに上ってあたりを睥睨することにしている私にとって、この展覧会はとても興味深いものだった。まず、アタナシウス・キルヒャーによる「バベルの塔」の図から展示が始まっていて、趣味のよさを感じさせる。が、あとはエッフェル塔、浅草凌雲閣(十二階)、通天閣、東京タワーの4つを中心とした展示で、なにかものたりない。なにがものたりないんだと思ったら、いまはなきWTCも最新のブルジュ・ハリファも出てないからだ。もちろんこのふたつは超高層ビルであってタワーではないのだから、出てなくても不思議はないのだが、でも砂漠に屹立するブルジュ・ハリファの姿はバベルの塔そのものだろ(ドバイのバブルの塔でもあった)。話が飛んだ。元に戻すと、物件としてはものたりなさを感じるけど、内容的には十分満足のいくものだった。とくにエッフェル塔のあの形態がどのように発想されたかを伝える初期のドローイングや、次の万博(1900)のために考えられたエッフェル塔改造計画、描く人によって微妙に異なる凌雲閣の先細り度、東京タワー建設中の写真や完成まもないころの展望台から眺めた風景写真など、興味深い展示が多い。で、最後はもちろんこの5月に開業する東京スカイツリーの紹介。

2012/02/20(月)(村田真)

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2012年03月15日号の
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