2019年09月15日号
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artscapeレビュー

2015年02月15日号のレビュー/プレビュー

第30回梓会出版文化賞 贈呈式

会期:2015/01/16

日本出版クラブ会館[東京都]

上野千鶴子さん、斎藤美奈子さん、外岡秀俊さん、竹内薫さんとともに選考委員を担当し、第30回は本賞にあけび書房、特別賞は高文研、原書房を選ぶ。第30回記念特別賞はみずのわ出版。そして新聞社学芸の賞は、ミシマ社と大阪大学出版会である。乾杯の挨拶まで90分もかかるくらい、各社の受賞のスピーチはとても長かったが、どれも味わい深い内容であり、感動的だった。選考側も、いまの社会状況を踏まえて選んだが、各社の歴史と理念は、予想以上にメディア、政治、地方、出版、知をめぐる諸問題を凝縮したものとなっていたのを確認できた。

2015/01/16(金)(五十嵐太郎)

エンディングノート

砂田麻美監督の『エンディングノート』を見る。癌告知を受けた父のドキュメンタリーだが、なるほど家族にしか撮れない内容と、膨大な過去の記憶が凝縮した映像だ。が、いわゆる闘病ものではなく、ときに明るく、時間をかけて死を受け入れる経緯を捉える。父が宗教心でない理由で、教会での葬儀を選択したのが日本的であり、興味深い。

2015/01/16(金)(五十嵐太郎)

パスキン展──生誕130年 エコール・ド・パリの貴公子

会期:2015/01/17~2015/03/29

パナソニック 汐留ミュージアム[東京都]

エコール・ド・パリのなかでもピカソ、シャガール、モディリアーニあたりは美術全集でも個人の巻が立つけれど、キスリング、ドンゲン、パスキンになるとそうはいかない。せいぜい十把ひとからげで「エコール・ド・パリ」の巻に収められるのが関の山だ(もちろんフジタも)。この違いは作品の美術史的評価にもよるだろうし、また生き方の違いにもよるだろう。この展覧会を見ると、パスキンの絵は叙情的で退廃的で、彼が生きた時代には精彩を放っていただろうと想像できるけど、ピカソみたいにモダンアートの最前線を切り開くほどの強度を持っていたとは思えない。その生き方も、各地を転々と旅したり人妻と不倫に陥ったりしたあげく、45歳で自殺してしまうという波瀾に富んだものだったが、ピカソほど女を変えたわけではなく、シャガールのように迫害を受けたわけでもなく、モディリアーニほど短命でもなかった。このハンパ感が美術史上の彼の位置を決定したのかもしれない。

2015/01/16(金)(村田真)

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幻想絶佳:アール・デコと古典主義

会期:2015/01/17~2015/04/07

東京都庭園美術館[東京都]

1933年に竣工したアールデコ調の朝香宮邸を前身とする庭園美術館ならではの企画展。アンリ・ラパンの設計した建築や壁画、ルネ・ラリックによるガラス工芸など、館内の装飾を見せるだけでも展覧会として成り立つ。こんな美術館、日本には少ないでしょうね。新館には、1920-30年代のアールデコの画家たちによる古典主義の絵画が並ぶ。ジャン・デュパ、ルイ・ビヨテ、ロベール・ブゲオン、ジャン・デピュジョル、アンドレ・メールなど、ほとんど知らない名前ばかり。多くはキュビスムをいったん通過したのだろう、古典的なテーマの裸体画なのに妙に幾何学的なクセがある。だいたいこの時代はモダンアートの流れでいうと抽象かシュルレアリスムで片づけられがちなので、こんな古典主義がはびこっていたというのは驚きだった。はたして彼らの作品は前衛芸術に反発する保守勢力の趣味を反映した美学だったのか。というのも、これらの作品がナチス・ドイツに愛されたアドルフ・ツィーグラーやヨハン・シュルトらの古典主義絵画とどこか通じているような気がするからだ。

2015/01/16(金)(村田真)

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マルク・リブー「Alaska」

会期:2015/01/16~2015/02/15

シャネル・ネクサス・ホール[東京都]

のちに写真家グループ、マグナムの会長をつとめることになるマルク・リブー(1923年、フランス・リヨン生まれ)は、1950年代には旅から旅への移動の日々を送っていた。1955~56年にかけては、中東、アフガニスタンを経てインドに滞在、56年には以後40年以上にわたって撮影することになる中国を初めて訪れる。そして1958年には、『パリ・マッチ』誌の特派員として、ジャーナリストのクリスチャン・ベルジョノーとともに、アラスカ・フェアバンクスからメキシコ・アカプルコへと北米の太平洋岸を2ヶ月にわたって自動車で南下する旅に出た。
今回、東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで展示されたのは、その長期撮影旅行の最初の時期に訪れたアラスカで撮影された51点である。それらの写真には、零下20度を下回るアラスカの大地にはじめて足跡を記したことと、これからいよいよ新たな写真のプロジェクトをスタートするのだという気持ちが混じり合った高揚感が、はっきりと刻みつけられているように感じる。同世代のロバート・フランクなどとも共通する、弾むような勢いがあるスナップショットなのだが、同時にリブーはマグナムに所属するフォト・ジャーナリストらしく、冷静な眼差しで、近代文明に呑み込まれつつあるエスキモーの人たちの姿も捉えている。そこには映画館、コーヒーショップ、「1時間の会話代4ドルでホステスと夜を過ごすことが出来るバー」などができていて、荒廃と悲哀の気配が色濃く漂いはじめているのだ。「視ることの情熱」とともに、被写体からやや距離を取って観察し、的確に画面におさめていくリブーの写真のスタイルが、既にしっかりと確立されているのがわかる。
この「Alaska」のシリーズは、『パリ・マッチ』誌に一部掲載された後、リブーの主要な写真集にも収録されることなく、長く忘れ去られていた。本展に限らず、このところ1950年譜代のフォト・ジャーナリストの仕事を再評価する機運が高まりつつあるのはとてもいいことだと思う。

2015/01/17(土)(飯沢耕太郎)

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