artscapeレビュー

2014年12月15日号のレビュー/プレビュー

Art trip vol.01窓の外、恋の旅。/風景と表現

会期:2014/09/27~2014/11/30

芦屋市立美術博物館[兵庫県]

入り口でまず出会う薄暗がりに映る林勇気の映像作品。その世界観は、うっすらと展覧会全体を覆い、展覧会を印象づけてしまうと思いきや、2階は明るい。村上三郎の額縁のフレームが吊ってある作品からの、下道基行「日曜画家」。この作品が象徴的になって、本展には、さまざまなかたちで紡がれる風景/光景、そしてそれを残す術またはてがかりがあった。
展覧会タイトルの「風景と表現」というとてもありふれた表現だが、「恋」と湿度のある単語によって、光量、スピード感、気配、匂いといった記憶の要素が収束していく、そんな印象。

2014/11/29(土)(松永大地)

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国立現代美術館ソウル館、「MMCA Hyundai Motor Series 2014:イ・ブル」展

会期:2014/09/30~2015/03/01

国立現代美術館ソウル館[韓国、ソウル市]

《国立現代美術館ソウル館》(2013)は、景福宮隣のギャラリー街にある文化的な環境に囲まれていることから、高さを抑え、既存の近代建築をリノベーションしながら、谷口吉生風のモダンな空間を継ぎ出したものだ。動線はややわかりにくい。が、展示は充実していた。まず、吹抜けを利用して、レアンドロ・エルリッヒによる船と仮想水面のインスタレーションが展開する。「イ・ブル」展は2つの新作だった。カンパネラ『太陽の都』に着想をえた、鏡の断片を床に散りばめた大空間と、ブルーノ・タウトのクリスタルのユートピアを参照した、天井から逆さ吊りの巨大インスタレーションである。いずれも、これまで彼女が得意とした手法を、さらに劇的に展開している。コレクションの他は、バウハウスにおけるオスカー・シュレンマーのメカニカルな身体運動や衣装、グロピウスのトータルシアターなどの特集展示、金壽根らの作品を含む、韓国の近代建築のアーカイブ展示、数学的なアートなど、盛りだくさんだった。国立美術館に建築がちゃんと入っているのが羨ましい。

左上:レアンドロ・エルリッヒの作品の展示風景
左下:オスカー・シュレンマーの作品の展示風景
右:「イ・ブル」展の展示風景

2014/11/29(土)(五十嵐太郎)

空間社屋

[韓国、ソウル市]

金壽根が設計した《空間社屋》(1976)へ。かつては『空間』誌の編集部や事務所が入っていたが、今年からアラリオ(あいちトリエンナーレに参加した名和晃平、青野文昭も扱う)のミュージアムに転用された。原美術館のように、トイレを含む、各部屋にアートを置く。が、もとの空間の雰囲気はだいぶ消えた。もっとも、前は頼んで内部を見せてもらったが、現在は入場料を払えば、誰でも観覧できること、また貴重な建築が使われ続けていることはありがたい。

2014/11/29(土)(五十嵐太郎)

北村韓屋村

[韓国、ソウル市]

北村のエリアを散策。伝統的な韓国の家屋が多く残る街並みだが、生きるテーマパークのような観光地化の度合いも激しい。ゲストハウスもいくつか点在し、内部を見せてもらったが、ホン・サンス監督の映画『自由が丘8丁目』で、加瀬亮が宿泊していたのと、本当に同じような感じだった。

2014/11/29(土)(五十嵐太郎)

下瀬信雄『結界』

発行所:平凡社

発行日:2014年10月30日

1996年から銀座、新宿、大阪のニコンサロンで7回にわたって展示され、2005年には伊奈信男賞を受賞した下瀬信雄の「結界」のシリーズが、写真集として刊行された。あらためて、日本の自然写真の系譜に新たな領域を切り拓いた、重要な作品であることがはっきり見えてきたのではないかと思う。
下瀬は4×5判のカメラで、しかもモノクロームフィルムで草木や昆虫、小動物などを撮影する。撮影場所はすべて彼が暮らす山口県萩市の周辺であり、少し足を伸ばせば誰でも目にすることができる被写体だ。だが、「画面手前から奥の広がりまでをシャープに写すことができる」大判カメラによって捉えられた眺めは、不思議な驚きを与えてくれるものとなった。そこに人間界と自然との、此岸と彼岸との、さらにいえば日常と神の領域との境界──「結界」がありありと浮かび上がってくるからだ。下瀬は、そのことを写真集のあとがきにあたるテキストで次のように述べている。
「自然と対峙することで、少しずつわかってきたことがあった。よくみれば、地面の落ち葉の雑然とした降り積もり方にも、その間を縫って伸び上がろうとする新芽のすがたにも何かの必然性があり、私が手を加えてはいけない神聖なものの気配がしてきたのだ」(「結界を結ぶ」)
このような認識は、下瀬の仕事が単純に写真を通じて自然を描写するのではなく、その背後に潜む原理を探り出そうとする思想的、哲学的な営みに達しつつあることをよく示している。しかもそれは、かつて「科学者になろう」と考えていたという彼が、長い時間をかけて育て上げてきた博物学的な知識に裏付けられている。巻末の「『結界』被写体と撮影地」という作品リストを見ると、「ヤマハゼ」、「ヒメオドリコソウ」、「ハナニラ」、「ハキリバチ」、「ヤママユガ」、「シロオニタケ」といった植物、昆虫、菌類などの種名が正確に記されていることに気がつく。まさに「科学者」の目と詩人の魂の融合であり、日本の自然写真の源流というべき田淵行男の仕事を継承、発展させたものといえるのではないだろうか。

2014/11/30(日)(飯沢耕太郎)

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