2019年11月01日号
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artscapeレビュー

2014年12月15日号のレビュー/プレビュー

深川雅文、湊雅博、山崎弘義編『Akira Yoshimura Works/吉村朗写真集』

発行所:大隅書店

発行日:2014年9月30日

不意打ちのような衝撃を与える写真集が出現した。
吉村朗(本名は晃、朗は写真家としての名前)は1959年に福岡県門司市(現北九州市門司区)に生まれ、日本大学芸術学部写真学科を経て、1984年に東京綜合写真専門学校研究科を卒業した。その頃から、カラー写真による都市のスナップショットを発表して注目を集めるが、1995年の写真展「分水嶺」の頃から、日本近代の歴史を個人的な記憶と重ねあわせながら抉り出す作品を制作し始める。2012年に享年52歳で逝去。本書は、吉村の仕事をずっとフォローしてきた川崎市市民ミュージアム学芸員の深川雅文と、友人の写真家、湊雅博と山崎弘義によって、「分水嶺」以降の「闇の呼ぶ声」(1996年)、「新物語」(2000年)、「ジェノグラム」(2001年)の各シリーズと、吉村自身が生前に「1994-2001」、「Recent Works」と題してまとめていた作品群を再編集したものである。
これらの写真をあらためて見直しているうちに、しきりに「取り返しがつかない」という思いが涌き上がってきた。吉村の1990年代以降の作品は、彼自身を含む家族のルーツ(吉村家は朝鮮半島の植民地支配に深くかかわっていた)を、韓国・ソウルの西大門刑務所、中国撫順郊外の平頂山の民間人虐殺の跡、長崎県佐世保の旧日本海軍が建造した針生無線塔、さらに茨城県東海村の原発臨界事故現場の写真などを通じてあぶり出し、あくまでも個の視点から近代史を再構築しようとする、大きな構えを持つプロジェクトだった。残念なことに、僕自身を含めて、彼のメッセージをきちんと受け止めて評価する動きは乏しかったのではないだろうか。過去の出来事をやり直すことができないということとともに、吉村の仕事をフォローすることができなかったことが、「取り返しがつかない」という思いに繋がる。
本書は深川による詳細な作品論も含めて、吉村の孤独な作業を丁寧に跡づけている。だが、彼の仕事を世界の写真史の中にどのように位置づけ、受け継いでいくのかという新たな課題も出てきた。深川が指摘するドイツのミヒャエル・シュミットと吉村の作品との共通性はとても興味深い。また、写真を通じて歴史─政治─社会を問い直していく貴重な試みとして、より若い世代が吉村の作品に関心を持ってくれるといいと思う。

2014/11/05(水)(飯沢耕太郎)

フジタのいる街角──巴里の誘惑、1910-30年代

会期:2014/10/25~2014/12/07

目黒区美術館[東京都]

「海外で学んだ画家たちとその作品」を収集方針のひとつに掲げてきた目黒区美術館の、所蔵品でたどる「パリの日本人」の第1部。藤田嗣治を中心に、藤田以前の安井曾太郎、梅原龍三郎から山口薫、村井正誠あたりまで、戦前に渡仏した画家たち75人の作品・資料を展示している。肝腎の藤田は素描や水彩が大半で、パリで絶大な人気を博した「乳白色」が見られないのが残念だが、それでも西洋に追随したほかの画家たちと比べれば一頭地を抜いてるなあ。藤田がパリで学んだのは「西洋並み」の美術ではなく、西洋でもなければ日本でもないまったく新しい美学だったはず。ところが藤田以後になると、その藤田のエピゴーネンまで出てきて、いったいなにしにフランスまで行ったのかと考えてしまう。同時に展示されていた大きな旅行用トランクや、欧州経路の汽船のチケットや食事のメニューなどを見ると、よほど裕福な家柄でないと留学できなかったことがわかる。それだけの犠牲を払い、数年間滞在して、日本に持ち帰ったものが「フランス帰り」の肩書きだけだったとしたら哀しい。ついでにいうと、これらの画家のなかには藤田をはじめ伊原宇三郎、清水登之、中村研一ら第2次大戦中に戦争画で名を馳せた人たちが何人もいる。国際的視野を身につけたはずの彼らがなぜ戦争画に走ったのか、興味深いところだ。

2014/11/05(水)(村田真)

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山本渉「欲望の形 器の濃き影」

会期:2014/10/31~2014/12/07

NADiff a/p/a/r/t[東京都]

カール・ブロスフェルトの植物写真を思わせるモノクローム写真。しかし植物にしちゃあ不自然なかたちもあるし、しかもどれもどことなく男根を思わせ、タイトルともどもなにか淫靡なオーラを放ってるなあ。と思ったら、実はこれ、男性用自慰道具オナホールの内部に石膏を流し込んで型取りした突起物を撮影したものだった。オナホールは使ったことがないというか、そんなものが商品化されてることすら知らなかったけど、こんなにヴァリエーションに富んでいるとは驚きだ。実際にヴァギナに石膏を流し入れて型取りしてもこんなに多様じゃないだろう。待てよ、それで女性用自慰道具をつくったらぴったりハマるはず。ぴったりハマりすぎて気持ちよくならないか。話がそれましたなあ。

2014/11/05(水)(村田真)

北山義夫展「宇宙図」

会期:2014/10/18~2014/11/16

MEM[東京都]

高さ2メートルほどの縦長の紙をちっちゃな○と・で埋め尽くしている。ただ機械的に埋めていくのではなく、手描きで粗密や濃淡をつけながら打っていき、ときに渦を巻いたりするため、あるものは星座のように見えたり、また別のものは水や砂などの流動体のように見えたりもする。1枚でおそらく数十万粒はあろうかというこの小さい丸は、星であると同時に素粒子でもあり、一粒一粒を描いていく厖大な時間をも表わしているようだ。たしかに気の遠くなるような作業だが、でも考えてみれば1枚描くのに何年もかかってないはず。日々の生活からすれば厖大な時間でも、宇宙から見ればあっという間。なのに、たかだか2×1.5メートルほどの紙の上で日常から隔絶した天文学的時空を感じさせてしまう。

2014/11/05(水)(村田真)

木村了子 展「化身 be your animal」

会期:2014/10/22~2014/11/16

トラウマリス[東京都]

日本画で美人画ならぬイケメン画を描く画家。黄金町バザールではイケメン芸術家像を出していたが、ここではトラ、ウサギ、リス、龍、鳳凰などの化身となった「半鳥獣系男子」がテーマ。ディテールを見ると、若冲や蕭白を思わせる部分もあって楽しい。サーフボード代わりにワニに乗った全裸のイケメンもいれば、ひとり酒を飲んでたり料理したりするイケメンもいる。日本画に新たなジャンルを開くか。

2014/11/05(水)(村田真)

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