2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

2015年10月15日号のレビュー/プレビュー

試写『美術館を手玉にとった男』

最近アート系映画の試写を見る機会が多いが、なかでもこれはイチオシ。自分が描いた名画の贋作をアメリカ各地の美術館に寄贈するという、タイトルどおり「美術館を手玉にとった男」のドキュメンタリー。ある美術館のキュレーターが贋作だと見破って告発したものの、売るんじゃなくて寄贈するんだから罪に問われることなく、ついに個展まで開くことになり、かたちを変えていまなお寄贈しているというウソみたいなホントの話。主人公は見た目も異貌で、仕草や話し方も独特の強烈なキャラクター、ひとことでいえばアウトサイダーなのだ。周囲の者とくに美術関係者はみんな、コピーじゃなくオリジナルを描けばいいのにと善意で忠告するが、本人にしてみればオリジナルなんてなんの意味もないはず。かつて男を告発し、いまなお追跡している元キュレーターも徐々に彼の引力圏に取り込まれ、もはや事件を追及しているのか単なるファンなのか自分でもわからなくなり、とうとう個展に駆けつけて男と対面する……。英語の原題は似ても似つかぬ「Art and Craft」。ホンモノの芸術と芸術もどき、みたいなニュアンスだろうか。「Inside and Outside」でもいいかも。


映画『美術館を手玉にとった男』予告編

2015/09/17(木)(村田真)

デイヴィッド・チッパーフィールド《ベルリン新博物館》

[ドイツ、ベルリン]

竣工:2009年

ベルリンへ。2012年のベルリン訪問は、あいちトリエンナーレのキュレータチームの現地作家リサーチという業務モードだったので、新しい建築を見る時間がとれなかった。まず、最初は博物館島へ。デイヴィッド・チッパーフィールドによる新博物館の修復・設計は、新旧の対比と過去の解釈、天井のバリエーションなど、洗練された大人のデザインである。シンケルの旧博物館は、たぶん学生のとき以来の訪問だが、内部の展示室は、中央のドーム部屋を除くと、あまり過去を感じさせるものがなく、少し残念だ。ペルガモン博物館は改修中で、イシュタール門のある南ウィングのみ入れた。これらと比較しても、過去と現在が共存する新博物館の内部空間が、いかに優れているかがよくわかる。

写真:左=旧博物館、右=新博物館

2015/09/17(木)(五十嵐太郎)

モネ展

会期:2015/09/19~2015/12/13

東京都美術館[東京都]

パリのマルモッタン美術館(正式にはマルモッタン・モネ美術館というらしい)所蔵のモネ作品に、ドラクロワの版画やルノワールなどモネのコレクションも加えた約90点の展示。マルモッタンには、モネの死後ジヴェルニーの邸宅に残されていた作品が遺贈されたため、10代後半のカリカチュアから、画家の代表作というにとどまらず印象派の代表作ともいうべき《印象、日の出》(これは別のコレクターが寄贈)、そして最晩年の抽象に近い風景画まである。目玉はなんといっても《印象、日の出》だが、思ったよりずいぶん小さく、50×65センチだからP15号程度。有名作品ほど実物より大きいと信じてしまう心理現象はなんだろう。ともあれ画面が小さいから筆触も際立っている。圧巻は最晩年の「睡蓮」「しだれ柳」「日本の橋」などのシリーズ。白内障を患ったせいか、朦朧として実体がつかめず、かといって光を捉えようとしてというのでもなく、もはやアクション・ペインティングとしかいいようのない色彩とストロークの乱舞が見られる。ここまで来るともう言葉を失ってしまう。

2015/09/18(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00032573.json s 10115403

春画展

会期:2015/09/19~2015/12/23

永青文庫[東京都]

2年前に大英博物館で開かれて話題を呼んだ「春画展」。日本での開催を求める声も高かったが、リスクを恐れてか、それなりの動員が見込めそうなのに引き受ける美術館が見つからなかった。出版界ではもう20年も前から“解禁”されているのに、美術界(美術館界?)の保守性を示す結果になった。そこに名乗りを上げたのが、細川護煕元首相が理事長を務める永青文庫だ。ここは細川家伝来の美術品や歴史的資料を保存・公開する施設。しかし今回初めて訪れたが、昭和初期に細川家の事務所として建てられた建物を美術館に転用したもので、天井も低く、部屋がいくつにも分かれているため、展示スペースとして十分とはいいがたい。でもその密室感が春画の鑑賞に合ってるかもしれない、と好意的に受け止めよう。展示は鎌倉時代の肉筆春画絵巻《小柴垣草紙絵巻》にはじまり(早くもクンニの図が)、室町時代の陽物比べと放屁合戦を描いた《勝絵絵巻》、狩野派による武家階級の交合を描いた《欠題春画絵巻》(局部がリアル)、蔡國強も火薬絵画で引用した月岡雪鼎《四季画巻》などと続く。いわゆる浮世絵(木版画)になると、シンプルな線描の菱川師宣や可憐な表情の鈴木春信らを経て、最盛期の歌麿、北斎になると相手が毛むくじゃらの異国人、河童、タコになったり、交合部分をドアップしたり、発想、構図、技法ともに極致を迎える。正体不明の写楽を除いて、ほとんどの浮世絵師は春画に手を染めたといわれるが、それはなにより需要が高かったからだろう。親が娘の嫁入り道具として持たせたということもあるが、それより独身者のオカズとしての需要が大きかったに違いない。驚くのは渓斎英泉で、膣に2本の指を差し入れたところを膣内から描写しているのだ。こうなると需要に応えてというより、絵師の冒険精神が先走ってる気がする。それだけ江戸時代は文化的に成熟していたということだ。カタログは600ページを超える分厚さで、もちろん修正なしの図版多数。

2015/09/18(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00032174.json s 10115407

ディーナー&ディーナー《フンボルト大学自然史博物館》ほか

[ドイツ、ベルリン]

過去の建築と対話するディーナー&ディーナーの《自然史博物館》と《ハンブルク駅現代美術館》へ。後者のブラック・マウンテン展は、大学を辞めさせられた先生が、1933年にアメリカで設立した理想の芸術学校を紹介するものだ。ドイツからアルバース夫妻を招聘してバウハウス教育を導入し、ジャンルを超えて名だたるアーティストが出入りしていた状況を丁寧に伝えている。この教育機関からはラウシェンバーグらが輩出された。

写真:上=ハンブルク駅現代美術館、下=ブラック・マウンテン展展示風景。

2015/09/18(金)(五十嵐太郎)

2015年10月15日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ