artscapeレビュー

2009年01月15日号のレビュー/プレビュー

島尾伸三『中華幻紀』

発行所:usimaoda
発売:オシリス
発行日:2008.9.9

やや前に刊行された写真集だが、何度見直しても、不思議な微光を放っているような魅力的な作品群なのでここで紹介しておきたい。
島尾伸三は1981年から妻で写真家の潮田登久子とともに、中国各地を巡る旅に出かけるようになった。それから30年近く、年に数回のペースで続けられてきた旅の合間に撮影されたスナップショットを一冊にまとめたのが、この『中華幻紀』である。オールカラー、264ページ、ハードカバーの堂々たる造本だが、出版の資金は「つましい両親と優しい妹が残した土地を売って」作ったのだという。
旅といってもとりたてて目的があるわけではなく、島尾の視線はひたすらふらふらと路上をさまよい、裏通りや路地の奥へ奥へと入り込んでいく。そこで何気なく見出された、どこか既視感を誘う光景の集積、だがページをめくるうちに、なぜか魔物にでもひっさらわれてしまいそうな不穏な気配が漂いはじめる。たしかにどこにでもありそうな見慣れた眺めなのだが、そのあちこちに異界への裂け目が顔を覗かせているのだ。
その印象をより強めているのが、写真に付されたキャプションである。1980年代の「生活」シリーズ以来の島尾の得意技なのだが、その「朝が来るたびに死から蘇る神経は、覚醒に無頓着のままです」「時として、幻覚は現実に勝る実感を第三信号系にもたらし」といった謎めいた文言を読むと、宙吊りにされるような感覚がより昂進する。島尾の父である島尾敏雄は、夢の世界のリアリティを巧みに描き出す技術に優れた作家だった。その血脈がしっかりと受け継がれているということだろうか。

2008/12/31(水)(飯沢耕太郎)

石川直樹『VERNACULAR』/『Mt. Fuji』

VERNACULAR
発行所:赤々舎
発行日:2008.12.24
Mt. Fuji
発行所:リトルモア
発行日:2008.12.24

石川直樹も期待の若手写真家。「五大陸最高峰最年少登頂」という「冒険家」としての実績に加えて、昨年来写真集を立て続けに上梓し、『最後の冒険家』(集英社)で第6回開高健ノンフィクション賞を受賞して話題を集めるなど、各方面での活躍が目立つ。
『VERNACULAR』はその彼の新作写真集。フランス、エチオピア、ベニン、カナダ、ペルー、ボリビア、さらに沖縄の波照間島、岐阜県の白川郷などを巡り、その土地に固有の住居の姿を、ほぼ正面から記念写真を撮影するように捉えている。たしかに人がどのように家を建てて住みつくかを比較することで、「VERNACULAR」すなわち風土性、地域性、土着性のあり方を探るという石川の狙いは的確であり、スケールの大きな構想力とプロジェクトをきちんと実行していく優れた能力を感じさせる。ただし肝心の写真そのものに、弱々しく、緊張感を欠いているものが多いように思えてならない。旅の途上で撮られたプライヴェートなスナップを、主題となる写真のあいだに散りばめていく構成は、前作の『NEW DIMENSION』(赤々舎、2007)以来のものだが、その腰の据わらなさが逆効果になっている気がするのだ。
その点では同時発売された『Mt. Fuji』の方が、写真集としての構成はすっきりしている。19歳での初登頂以来、20回以上登っているという経験の積み重ねが、地を這うような登山者の視点へのこだわりにうまく結びついている。だがこの写真集でも、後半部分に祭りや寝袋などの写真が出てくるとイメージが拡散してしまう。石川にいま必要なのは、言いたいことを全部詰め込むのではなく、むしろ抑制し、集中力を高めていくことなのではないだろうか。

2008/12/31(水)(飯沢耕太郎)

フランスで、ル・モンド紙『デザイン 999のプロダクト』(20巻)を連続刊行

昨年秋10月半ば頃、パリの街並にある屋外広告としてル・モンド紙が「デザイン 999の名品」を出版するという告知が大々的に展開された。内容は、過去200年に渡って作られた重要なプロダクトの中から999点を選んでまとめたものである。この出版は、近年、日本を含めて各国で見られる「デザイン・ブーム」がフランスにも到来していることを示している。ちょうどパリにいた筆者は、創刊号(10月24日)を求めて書店とキオスクを歩き回りやっと見つけた。ほとんど完売状態であった。フランスでは、創刊号以降、毎週、最後の20巻(2月27日)まで連続して刊行される(下記URL参照)。現在、12巻まで刊行されている。この出版物は、刊行のたびに現地の書店で求めることもできるが、ネットでまとめて購入することもできる。実は、この出版には元となる本がある。イギリスのPhaidon社が2006年に出版した『Phaidon Design Classics』(全3巻)である。プロダクトの百科全書といった内容で、大判の図版とともに魅力的で適切な解説が付いている。この出版を日本語化しようという出版社が出てくることを祈らずにはいられない。

Le Monde du Design  999 objet cultes
Phaidon Design Classics

2008/12/31(水)

代替の発想

いよいよ歴史上初の黒人のアメリカ大統領(第44代)、バラク・オバマが正式に就任する。

オバマ氏は、選挙中、「Change」をメッセージに掲げ、その言葉は世界的な流行語となった。氏の就任は、今後さまざまな領域で進む「Change」を象徴する出来事であるのかもしれない。ところで、今冬、東京では、赤坂サカスに2/15までの期間限定でスケート場「The Rink at 赤坂サカス」が開設され、としまえんにもアイスリンクがオープンするなどスケート場ブームになっている。なかでも、日比谷にオープンした多目的広場「日比谷パティオ」で期間限定(12/5~1/4)で設けられたスケートリンクは、プラスチックパネルにワックスを塗った人工のリンクであり、注目された。普通のスケート靴で滑ることができる。本物の氷との微妙な質感の違いはあるものの、普通に滑走を楽しむことのできるリンクであった。転んでも冷たくない。冷却装置が不必要なこのリンクは、冷却に不可欠な電力消費も少なく、環境にも優しいリンクである。氷がプラスチックにChangeしたのである。技術の進歩により、こうした代替がさまざまな領域で起こる予感がある。たとえば、今年、F1カーも新レギュレーションの下で大幅に姿を変える。また、三菱自動車から本格的な電気自動車iMievも発売される。21世紀の最初の十年を経て、眼に見えるかたちで私たちの生活環境にChangeが生まれてきている。こうしたChangeは、さまざまなモノやサービスのデザインにも影響を及ぼすはずである。

The Rink at 赤坂サカス
日比谷パティオ
三菱自動車 iMiev

 

2008/12/31(水)

生活と芸術──アーツ&クラフツ展 ウィリアム・モリスから民芸まで

会期:1月24日~4月5日

東京都美術館[東京都]

東京展  東京都美術館 1/24(土)~4/5(日)

19世紀後半にイギリスで生まれたデザイン運動「アーツ&クラフツ」を、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)の貴重なコレクションを中心にして、国内外の関連するコレクションも併せて展示する注目の企画展である。昨年の京都国立近代美術館での展示(9/13(土)~11/9(日))を経て、東京に巡回してくる。モリスの仕事を始め「アーツ&クラフツ」運動の模様を原作品と資料で総合的に見ることのできるまたとない機会である。もうひとつの見所は、このデザイン運動が、諸外国にどのように受容され展開したかを見せる部分にある。ヨーロッパ諸国での展開として、オーストリアのウィーン工房、また、ドイツ、ハンガリー、ロシア、デンマーク、ノルウェー、フィンランドの諸国での連動する動きが紹介されている。アーツ&クラフツの精神に繋がりながらも、それぞれの国の文化の独自性が色濃く出ている模様が鮮明に描かれている。そして、この流れのなかで日本の民芸運動が紹介され、日本の固有性も見えてくる。民芸運動の中心人物、柳宗悦は、民芸運動はアーツ&クラフツの影響下で生まれたのではなく独自の運動であるとの言を残しているが、本展の文脈のなかでは、民芸運動が19世紀から20世紀へという大きなデザイン運動のうねりと共鳴していたことが見事に見えてくる。アメリカでの展開が紹介されていないのは残念であるが、アメリカを入れるとすると膨大な展示物が想像されるので、あえて割愛したのかもしれない。さまざまな発見に満ちた貴重な展覧会である。

公式サイト:http://www.asahi.com/ac/

2008/12/31(水)

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2009年01月15日号の
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