artscapeレビュー
Q『虫』
2013年01月15日号
会期:2012/12/20~2012/12/24
アトリエ春風舎[東京都]
2012年最大の衝撃作。桜美林大学出身の市原佐都子作・演出による劇団Qの第4回公演。大学を卒業してまだ2年弱の市原。本作は卒業制作がもとになっているようだが、学生気分みたいなものとは無縁の、しっかりとした構成や演出力に驚かされた。しかし、それはこの作品の衝撃とはさほど関係がない。なによりも驚愕したのは、ここに描かれているのが「女が見る女の像」であり、しかも、どんな気取りもなく、女のさえないところに的確にまっすぐに焦点が絞られていることだ。「人は女に生まれない、女になるのだ」(ボーヴォワール)の言葉のように、通常「女」とは男の眼差しが女の体に纏わせてつくるもの。「女」は男なしに単独には存在しない。演劇の世界もそうで、ほぼ100%「女」は男の欲望を具現した姿でしか現われない。これは男性作家に限ったことではなく、たいていの場合女性の作家も、理想像であれ、小悪魔であれ、ブスであれ、(男性中心)社会から求められる女性像を描いてきた。ところが、驚くことに、この作品にはそうした抑圧する男が存在しない(あるいは極小化されている)のだ。女子だけだからといって、女子会やらガールズトークやらとも無縁の世界。男ウケとも女ウケとも関係なく、ただただ女の欲望のいくつかのかたちが目の前に示される。モテる女、世渡りの上手い女、趣味を持つ女もいるが、主人公格2人は明らかにダメな女。不味い弁当屋で働く女たち、ひとりは夜に「虫」に強制的に下着をさげられ、射精させられる。嫌だが、窓を開けて何度も「虫」の侵入を受け入れてしまう。もうひとりは不味い弁当を毎日二箱持ち帰り夜と朝に食べる生活。ある日、関ジャニ∞が好きになり(ジャニーズ・ファンの心理が舞台に取りあげられたことなどかつてあったろうか!)、録画した番組を見ては、夜な夜な自慰に耽る。先述のバイト仲間の部屋に行くと自分も「虫」に射精させられてしまう。しかし、悪い気持ちばかりでもない。そんな彼女たちを含め、登場する女たちはみな妄想癖があり自慰志向がある。この世界に男はいない。いや、いるが関ジャニ∞に象徴される妄想の対象以外の男は「虫」扱い。女たちはみにくい。このみにくさはしかし、男からの抑圧的視線から自由な(あるいは追放されている)証拠でもある。くちゃくちゃと弁当を食べる不快な音、床にまき散らされまた雨のように降らされるポップコーン、不味い弁当の不気味さ、生理の話、クラミジアの話、どれも「虫」=男の力を最小にする装置として機能する。新しい扉が開かれた。観劇後そんな気持ちで震えた。『虫』では男は追放されている、いや、追放されているのは女のほうかもしれない。ミソジニー(女嫌い)とミサンドリー(男嫌い)の社会。しかし、なにより重要なのは、これまで語られずにいた孤独がここにあるということだ。
2012/12/22(土)(木村覚)