artscapeレビュー
柴田文江『あるカタチの内側にある、もうひとつのカタチ──柴田文江のプロダクトデザイン』
2013年01月15日号
インダストリアル・デザイナー柴田文江氏の作品集。
体温計、女性用のカミソリ、炊飯器、自動販売機……。ものに形があるのは当然で、誰かがそれをデザインしているはずなのだけれども、それがデザインされているとか、デザインの差異で購入しているとはほとんど意識されないものたち。意識されないのは、なによりもそれが「フツウ」だから。使い手にとって、あるべきかたちをしている。収まるべきところに収まっている。自然に接することができる。なにも特別なことはない。暮らしのなかでリアリティのあるかたち。しかし、あらためて周囲を見回してみると、ほかに似たものがない。少なくとも、そのデザイン以前には。製品の購入者・利用者のほとんどはデザイナーの名前を知らないだろう。とはいえ、アノニマスなデザインとも異なる。それは淘汰されて残ったものではなく、その時点でのスタンダードでもない。使いやすく必然性のあるかたちをしているが、それはエルゴノミックなデザインというよりも、人とものとの間に自然な関係を生み出すプロダクト。柴田氏の仕事にはそのような印象がある。
本書はプロダクトの写真に加えて、デザインの方法論、素材に対する考え、個々の製品の解説、クライアントの反応など、柴田氏自身によるテキストが付されている。カプセルホテル《9h》が発表されたとき、筆者は発表会場のAXISで製品を見ている。このプロジェクトはさまざまメディアに取り上げられ、注目を浴びていたと記憶しているが、柴田氏がショックを受けるほどの批判もあったとは知らなかった。
ブック・デザインは葛西薫氏。写真を含めて本文はすべてモノクローム。このモノクロームの写真が、柴田氏のプロダクトの柔らかな曲面──柴田氏が「ピチピチプクプク」「トゥルットゥル」と好んで擬音で表現する「湿度のある」かたちと質感──を際立たせている。プロダクトの色彩を見たければ柴田氏の事務所「デザンスタジオエス」のウェブサイトを訪れればよい。ただ、その前に「カタチの内側にある、もうひとつのカタチ」をしっかりと見つめておきたい。[新川徳彦]
2013/01/08(火)(SYNK)