2021年11月15日号
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artscapeレビュー

シャガールのタピスリー展──二つの才能が織りなすシンフォニー

2013年01月15日号

会期:2012/12/11~2013/01/27

松濤美術館[東京都]

白井晟一が設計した松濤美術館の地階展示室に巨大で鮮やかな色彩のタピスリーが並ぶ。最大の作品《平和》(1993)は、国連本部のステンドグラスのためのマケットをモチーフとして、フランス・サルブール市の依頼でつくられたもので、幅620センチ、高さ410センチある。
 シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)は60歳を過ぎてから絵画以外に陶器や彫刻、リトグラフなどの作品を手がけるようになり、70歳を過ぎてからはモザイクやステンドグラス、タピスリーなど、モニュメンタルな作品を手がけた。実際には規模の大きな作品は技術的にも体力的にも自ら手がけることは困難で、職人や専門家たちとの共同作業が行なわれた。本展が焦点を当てるのは、シャガールとタピスリー作家イヴェット・コキール=プランス(Yvette Cauquil-Prince, 1928-2005)との協業である。他のモニュメンタルな作品とは異なり、シャガールはタピスリーにはほとんど口を挟まなかったという。理由のひとつには技術的な問題があったようだ。イヴェットのタピスリーの制作方法は、次のようなものである。(1)シャガールの原画を撮影し、原寸大のモノクロームにプリントする(裏から織るために写真は鏡像である)。(2)原画に基づき配色を決定し、使用する色や織りの指示を写真に書き込む。これをカルトン(大下絵)という。(3)経糸(たていと)の下に置かれたカルトンの指示に従い、職人たちがタピスリーを織る。緯糸(よこいと)が織り込まれていった部分は少しずつ巻き取られ、職人の目の前にあるのは常に白い経糸とその下に置かれたモノクロームのカルトンのみ。ひとつの作品が織り上がるまでに小さなものでも数カ月、大きなものでは2年におよぶという。そして、すべてが織り上がって枠から外されたときに、初めて全体が現われる。すなわち、織りの途中で口を挟む余地がないのである。
 もちろん、その仕上がりが意に反していたならば両者の関係は続かなかったであろう。シャガールとイヴェットとの出会いは1964年、シャガールが77歳のときである。以来両者は20年にわたって共同作業を続け、シャガールの没後もイヴェットはシャガール作品のタピスリーを作り続けたのは、ふたりのあいだに深い信頼関係があったからにほかならない。展覧会の副題に「二つの才能が織りなすシンフォニー」とあるように、シャガール自身、両者の関係を音楽に例えていた。すなわち、作曲家=シャガールが描いた「楽譜」を指揮者=イヴェットが読み解き、演奏者=職人たちがそれぞれのパートを奏でる。イヴェットのタピスリーはシャガールの原画のたんなる拡大コピーではない。大画面に拡大したときにふさわしい色の組み合わせを選び、必要な色に糸を染め、織り方を考える作業から生まれたのは、またひとつの独立した芸術作品なのである。[新川徳彦]


展示風景
提供=松濤美術館

2012/12/16(日)(SYNK)

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