artscapeレビュー
喜多俊之『デザインの探険1969-──僕がイタリアに行った理由』
2013年01月15日号
日本を代表するプロダクトデザイナーのひとり、喜多俊之氏の自伝である。1969年にイタリアのミラノを訪れた喜多氏は、当初3カ月の滞在の予定であったが、それが3年になり、その後イタリアと日本の双方に拠点を置く生活は40年にわたる。辞書と小さなトランジスタ・ラジオひとつを持って訪れたイタリア、ミラノを訪れたきっかけ、イタリアでの生活、他のデザイナーたちとの出会い、そして家具デザインなど自身の仕事が、スナップやプロダクトの写真とともに語られる。
なによりも興味深いエピソードは、家具メーカーであるカッシーナ社との共同作業であろう。カッシーナ社のオーナー、チェザーレ・カッシーナとの出会いは渡伊前の1967年。1969年にイタリアで再会したときのチェザーレの言葉は「10年くらい経ったら、私たちと仕事をしよう!」であったという。その意味は、ヨーロッパに暮らし、その生活を体験してこそそのマーケットに適したものづくりができるということであった。実際、両者の共同作業が始まったのは1976年。そして最初の打合せが始まってから、その成果である《ウィンクチェア》が完成するのは3年後の1979年。さらに《ウィンクチェア》の発表は翌1980年のことである。完成してすぐに発表されなかったのは、この製品が未来的、80年代的であるという経営者の判断でもあった。
このほか、本書にはイタリアの家具メーカー興隆の背景にある社会環境の変化やメディアのはたした役割、それらと日本のデザイン環境との比較考察もあり、喜多氏のデザインの背後にある優れたものづくりの思想と方法とを学ぶことができよう。[新川徳彦]
2013/01/06(日)(SYNK)