artscapeレビュー
2015年01月15日号のレビュー/プレビュー
石川竜一「絶景のポリフォニー」
会期:2014/12/03~2014/12/16
銀座ニコンサロン[東京都]
赤々舎から写真集『絶景のポリフォニー』と『okinawan portraits 2010-2012』を同時に刊行し、2014年11月には東京・渋谷のATSUKOBAROUHと新宿のPlace Mで個展を開催した石川竜一は、いま最も勢いを感じる若手写真家だ。その彼の写真展が、銀座ニコンサロンで開催された(2015年2月5日~11日に大阪ニコンサロンに巡回)。
1984年、沖縄県出身の石川は、高校時代にボクシングに打ち込み、2008年からは、しば正龍に師事して前衛舞踏を学んでいるという。つまり身体性を起点とした写真撮影のあり方が、文字通り身についているわけで、そのことが沖縄のやや特異な風土と結びついてスパークし、生命力みなぎる写真の世界が蘇生してくる。「絶景のポリフォニー」は6×6と35ミリのフォーマットを混在させたスナップショット、「okinawan portraits 2010-2012」は人物写真のシリーズだが、被写体への向き合い方は基本的に変わりない。色、かたち、意味が渾然一体となった獰猛なエナジーを発する対象物を、熟練した調教師のように手なずけていく、そのカメラワークの冴えには天性の才能を感じさせる。
ただ、銀座ニコンサロンの会場に展示された58点の作品を見ているうちに、「これでいいのだろうか」という思いも湧きあがってきた。彼の写真のスタイルは、たとえば東松照明や森山大道のような写真家たちが積み上げてきた、被写体との「出会い」に賭けて、その重層的な構造を一瞬につかみ取っていく撮影のやり方を踏襲している。その意味では、きわめて正統的な「日本写真」の後継者であり、その枠内におさまってしまうのではないかという危惧を覚えるのだ。むしろ石川にとって必要なのは、沖縄、あるいは「日本写真」という磁場から、一度距離をとってみることではないだろうか。しかも、その振幅をできるだけ大きくすると、さらなる飛躍が望めるのではないかと思う
2014/12/07(日)(飯沢耕太郎)
渡辺淳の世界─スケッチ・静物・広告・報道─
会期:2014/12/02~2015/12/24
JCII PHOTO SALON[東京都]
渡辺淳(1897~1990)は千葉県長生郡の天台宗の寺院に生まれ、写真館での修行を経て、シンガポールやインド・カルカッタで写真家として活動した。1920年に帰国後、中島謙吉が主宰する『芸術写真研究』誌への寄稿を中心に芸術写真家として活動するようになる。大正末から昭和初期にかけて発表された渡辺の作品は、まさに同時期の「芸術写真」の典型というべき作風であり、「雑巾がけ」(印画紙にオイルを引き、油絵具で彩色する手法)、「デフォルマシオン」(印画紙を撓めて引き伸ばしたプリント)といった技法を高度に駆使したものだった。「裸婦」(1926年)、「冬」(1927年)、「二階の女」(同)などの代表作は、これまでも多くの展覧会に出品され、写真集にも収録されている。
だが一方で、渡辺は1927年頃から、シンガポールで知り合った山端祥玉が創設した写真通信社、ジー・チー・サン商会に勤め、報道写真や広告写真の分野にも意欲的に取り組んでいた。今回のJCII PHOTO SALONでの回顧展では、写真の表現領域を大きく広げていった1920~40年代の渡辺の仕事にスポットを当てることで、むしろ彼の芸術写真家としての初心がどのように保ち続けられていったのかを丁寧に浮かび上がらせている。なお、キュレーションを担当した白山眞理は、2014年10月に『〈報道写真〉と戦争』(吉川弘文館)を上梓したばかりである。戦中・戦後の「報道写真」のあり方を見事に跡づけたこの労作をあわせて読むと、渡辺の写真の時代背景に対する理解がより深まるだろう。
2014/12/07(日)(飯沢耕太郎)
バスで行くアート・ツアー「五十嵐太郎さんとめぐる豊田の建築」
会期:2014/12/07
豊田市美術館が企画した建築バスツアーのガイド役をつとめた。《逢妻交流館》(妹島和世/妹島和世建築設計事務所、2010)にタクシー代程度の値段で、ランチ込みの参加費だったため、お得感もあり、40名の枠に倍近い応募者があったらしい。考えてみると、豊田市は地方都市ながら、妹島和世、黒川紀章、槇文彦、谷口吉生という世界的な建築家(プリツカー賞受賞者2名含む)の空間を一日で体験できる。まず、《豊田大橋》(黒川紀章 / 黒川紀章建築都市設計事務所、1999)と《豊田スタジアム》(黒川紀章 / 黒川紀章建築都市設計事務所、2001)を一連の景観として、同じ建築家が設計したのは希有な事例だろう。敷地に余裕がなく、急傾斜で壁のように立ち上がる観客席が印象的である。またスリットから外部が見えるのも興味深い。黒川らしく、外部やバックヤードは徹底して合理化する一方、吊り屋根や可動部に華を添えるメリハリのあるデザインだ。また貴賓席はポストモダンの細部も散りばめ、黒川印の装飾を使う。
続いて、《鞍ヶ池記念館》(槇文彦/槇総合計画事務所、1974)へ。一般に入場できる展示エリアは見学したことがあったが、今回は特別にゲストハウスのエリアに足を踏み入れることが許可され、貴重な体験をした。展示室に比べて、圧倒的に濃密なデザインである。壁、床、天井における素材の多様性、細かい床や天井のレベル操作、そして様々な美術作品が空間を彩る。三角形という建物の輪郭が生む斜めの構成ゆえに、部屋を出入りするごとに位置感覚がリセットされ、それぞれの場の個別性が強化されていた。池に対する風景の演出も巧みである。『新建築』では、磯崎新の群馬県立近代美術館と同じ号に掲載されている40年前の作品だが、ほとんど改造もされず、大切に使われているし、古びれない槇の建築に感心させられた。当時の彼はまだ40代だと思うと、大人の建築なのだが、現在は若手にこうしたプロジェクトがなかなかまわってこないのが残念である。その後、移築した《旧豊田喜一郎邸》(1933)を見学した。名古屋の近代建築を牽引した鈴木禎次が手がけたものだが、折衷具合が興味深い。基壇となる一層目は、ガウディの影響と説明されているが、西洋に比べて薄めのグロッタ風と解釈すべきだろう。二層目は、アーチの窓が並び、洋風のインテリア。三層目は、ハーフティンバーを強調するが、内部は和室である。異なるデザインを積層した不思議な建築で、ジブリの宮崎アニメの洋館のようだ。
豊田の若手建築家、佐々木勝敏が設計した《志賀の光路》(2014)を訪れた。典型的な住宅地において街並みに寄与する家である。角地にたつが、建物を奥に配し、塀をなくして小公園的な場を生む。六角形平面で、1階の開口は一ヶ所に絞るが、上部を囲む水平スリットから光を導く。中心の吹抜けは、大梁をルーバーで隠しながら光溜をつくる。バスで移動中、彼が手がけたもうひとつの住宅も、外観のみ見る機会があり、周辺との関係、開口のとり方を比較することができて興味深い。最後は《豊田市美術館》(谷口吉生/谷口建築設計研究所、1995)に戻り、学芸員の能勢陽子さんの解説を聞きながら、改修工事中で展示物がない状態の純粋空間として各部屋をまわった。この建築も大切に使われている。
2014/12/07(日)(五十嵐太郎)
天神万華鏡──常盤山文庫所蔵 天神コレクションより
会期:2014/12/09~2015/01/25
渋谷区立松濤美術館[東京都]
学問の神様として知られる菅原道真(845-903)、すなわち天神様は、古来よりさまざまな姿で絵画、版画に描かれてきた。「天神万華鏡展」は、多面的な姿、万華鏡のような存在としての天神の変遷をたどる企画。基本的なその姿は貴族の正装である束帯。神となってからも生前の道真の姿で描かれている。背景には伝説に因んで梅や松が描かれ、道真が詠んだとされる和歌や漢詩が配される。顔や表情はさまざまで、そこだけを見ると同一の人物には見えないが、ともに描かれた小道具によって天神であることがわかる。「渡唐天神」と呼ばれる立ち姿を描いた一連の絵画は、天神様が中国に渡り禅の名僧・無準師範から袈裟を授けられたという伝説に基づくもの。無準は南宋時代(1127-1279)の人で事実としてはありえないのだが、室町時代に画像と逸話が伝わって流布したという。道服を着用し頭巾を被り袈裟袋を下げ、顔は唐人風。梅の枝を持っていることで天神とわかる。江戸時代には『菅原伝授手習鑑』の舞台、役者絵を通じて道真の姿が流布し、また亀戸天満宮や湯島天満宮はたびたび浮世絵に描かれており、天神様が人々に身近な存在であったことを物語る。
今回の展覧会は常盤山文庫が所蔵する天神コレクションからの出品である。常盤山文庫は実業家・菅原通済(1894-1981)が昭和18年に創設した書画骨董のコレクションで、天神様を集めたのは通済の父・菅原恒覧(1859-1940)である。恒覧は工部大学校に学んだ鉄道技師で、鉄道工業株式会社の創設者。余部橋梁や丹那トンネルの建設を請け負ったことで知られている。真偽の程は定かではないが菅原道真の35代目の子孫と伝えられており、晩年には道真・天神関連のさまざまな文書、絵画を蒐集し、1929(昭和4)年には『菅公御伝記』という本も出版している。本展図録に序文を寄せられた島尾新・学習院大学教授によれば、恒覧が収集した絵が収められた箱の蓋には分類や所蔵番号のほかに評価を表す「松」「竹」「梅」の印が押されているが、ふつうと違って「梅」が最上位であり、次が「松」、「竹」が最下位となっているのだという。そうしたコレクターの視点を意識しながら見るのもまた楽しい。なお、来館者には「学業応援企画」として鉛筆セットを配布している(なくなり次第終了とのこと)。[新川徳彦]
関連レビュー
2014/12/08(月)(SYNK)
土井沙織 展「わたしのイコン」
会期:2014/12/06~2014/12/20
蔵丘洞画廊[京都府]
土井沙織は愛知県出身で、2010年に東北芸術工科大学大学院を修了した画家。主に公募展で発表しており(個展は過去に一度)、関西では本展が初お目見えとなった。作品の主なモチーフは動物で、野太いタッチと鋭い目の描き方に特徴がある。本展のタイトルに「わたしのイコン」とある通り、動物を通して神仏のごとき超越的な存在を描こうとしているのかもしれない。どの作品も有無を言わせぬ存在感があり、時代や流行に左右されない作家になりうる才能と見た。なかでも、画廊の壁面を目いっぱい使った、天地約1.8メートル×横幅約4.5メートルの大作(画像)は素晴らしかった。
2014/12/09(火)(小吹隆文)