2020年07月01日号
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artscapeレビュー

Q『いのちのちQ II』

2014年01月15日号

会期:2013/11/29~2013/12/01

アサヒ・アートスクエア[東京都]

今年2月に横浜で上演された『いのちのちQ』を基にリアレンジした本作。キャストが何人か欠けたり増えたりがあったぶん、脚本もそれなりの変化はあったが、生命をめぐる問いかけは一貫していて、Qという劇団の、というか主宰の市原佐都子の強い意志が感じられた。ペットブリーダーの家に暮らす、犬の純血種たち。語尾が「~なんだわ、わ、わ、わーん」と裏声で上がり調子の主人公格の女の子(もちろん犬)は、祖父にして父にして夫でもある犬と一緒に暮らす。この設定が明らかになった瞬間、おぞましさが胸中を駆けめぐる。ペットの気味悪さは、市原が女性であるからこそ引きだせるものなのか? ともかくも、生殖し妊娠し出産する性を生きる者の、絶望と可能性がともに描かれることこそ、現在のQの際立った、他に得難い魅力だ。そう、絶望のみならず可能性が描かれるのだけれど、例えば、この主人公格の女の子(犬)は、密やかに、水族館に暮らすというオタリアとの交尾を夢見ている。彼女はテレビ越しにオタリアを知っているだけで、1人で水族館に行けるわけもないし、ましてや交尾を果たせるわけもない。仮に首尾よく交尾まで行けたとしても、それが彼女に与えるのは死だろう。彼女は結局、自分の愚かさを笑い、自分の境遇を受け入れてしまう。この世界に冒険の余地はない。いやでも、本当にそうだろうか。かつて飼っていた犬のことを忘れられずにいる人間の女性が登場するのだが、彼女は自分の混乱した性欲を吐露する。ぼくたちは、それでも欲情するのだ。欲情のなかに秘められている雑種化への意欲は、絶望ベースの世界における微かな希望だ。最近の女性劇作家たちの、世界へ向けた冷徹なまなざしに、ぼくは未来を見たくなる。かつて女性たちは、演劇やダンスの世界で、男性たち中心の空間を彩る「華」でなければならなかった。ようやく、「華」ではない女性の可能性が開かれようとしている。市原が描き出す醜悪なものの内にこそ、前人未到の未来が隠れている、そんな気がするのだ。

2013/11/30(土)(木村覚)

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